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『見えない教室』第25章〜第26章少しだけ話す。それは、画面の外へ戻る最初の一歩だった

近未来の日本を舞台にした架空の小説『見えない教室』。
16歳以下のSNS利用が禁止された社会で、高校2年生のユイが、学校・家庭・友人関係の中で少しずつ「見えない場所」へ引き寄せられていく物語です。

前回までの記事はこちらのマガジンにまとめています。
『見えない教室』マガジン|mhamadajp

前回、第23章〜第24章では、ユイが家庭でカゲのことを少しだけ口にし、さらにカゲの中で知らない人が近づいてくる場面を描きました。

ユイは、母にすべてを話せたわけではありません。
けれど、「クラスの連絡が回っている場所」に入ったことを、ついに言葉にしました。

母は、危ない場所を使ったことをそのまま許したわけではありません。
でも、ユイがそこに行った理由を聞こうとします。

「入らないと、連絡が回ってこなかった」
「学校にいるのに学校にいないみたいだった」
「正しいことをしているはずなのに、私だけ迷惑をかけているように感じた」

ユイの言葉から見えてくるのは、単なるルール違反ではありません。
禁止されたあとの学校生活の中で、子どもたちがどこでつながり、どこで相談し、どこで孤立しているのかという問題です。

そして第24章では、カゲの奥にいる「知らない人」の存在が見えてきました。

最初は友達が入口でした。
ミナがいて、レンがいて、ポスター班がいて、文化祭の連絡があった。
だからユイは、危険だとわかっていてもカゲに入りました。

しかし、その奥には、誰なのかわからない相手がいました。

同じ学校かのように話しかけてくる。
文化祭のことを知っている。
昨日の画像のことを知っている。
不安な人に「相談乗るよ」と近づいてくる。

危険は、突然大きな事件として現れるとは限りません。
最初は、ただの一言として近づいてきます。

「同じ学校?」
「昨日の画像、見たよ」
「相談乗るよ」

その言葉が、どこへつながっているのか、ユイたちにはまだわかりません。

今回は、第25章と第26章。
ユイとミナが、佐伯先生に相談しようとする場面です。

相談することは、二人にとって簡単ではありません。

言えば、カゲのことが表に出る。
言えば、友達を巻き込む。
言えば、自分も責められるかもしれない。

それでも、黙っていることの怖さが、少しずつ大きくなっていきます。


第25章 相談室の前

その日の情報の授業は、いつもより長く感じた。

佐伯先生は、前回の授業の続きとして「相談することの難しさ」について話した。

黒板には、三つの言葉が書かれていた。

言えない
言いたい
言ったら変わってしまう

佐伯先生は、生徒たちを見回して言った。

「困ったときは相談しましょう。これは正しい言葉です。でも、実際には、相談すること自体がとても難しい場合があります」

ユイは、ノートを見つめた。

まるで、自分のことを言われているようだった。

「相談すると、怒られるかもしれない。友達を巻き込むかもしれない。自分も責められるかもしれない。問題が大きくなるかもしれない。そう考えると、人は黙ってしまうことがあります」

隣の席で、ミナが小さく息をのんだ気がした。

ユイは横を見なかった。

見たら、自分も動揺していることがばれてしまいそうだった。

佐伯先生は続けた。

「でも、相談しにくい問題ほど、一人で抱えると危険が大きくなることがあります。特に、相手が見えないネット上の問題では、自分たちだけで判断しようとすると、相手のペースに巻き込まれてしまうことがあります」

ユイは、昨日の知らない相手からのメッセージを思い出した。

「同じ学校?」
「文化祭のポスター班だよね?」
「昨日の画像、見たよ」

短い言葉だった。

でも、その短さが怖かった。

相手は、少しずつこちらの反応を見ているように思えた。
どこまで知っているのか。
何が目的なのか。
本当に同じ学校の人なのか。

何もわからない。

授業の終わりに、佐伯先生は言った。

「相談は、すべてを一度に話す必要はありません。最初は、『少し気になることがある』だけでもいい。『友達のこととして聞きたい』でもいい。『まだ全部は言えない』でもいい。大切なのは、危険が大きくなる前に、誰かと一緒に考え始めることです」

チャイムが鳴った。

教室がざわつき始めた。

ユイはノートを閉じられなかった。

そこには、授業中に自分で書いた言葉が残っていた。

「全部は言えない。でも、少しなら言えるかもしれない。」

その文字を見ていると、ミナが横から小さく言った。

「ユイ」

「うん」

「行く?」

ユイはすぐには答えられなかった。

授業のあと、佐伯先生に少しだけ話してみよう。

朝、二人でそう決めた。

でも、いざ授業が終わると、足が動かなかった。

教室の前では、佐伯先生がノートや資料をまとめている。
何人かの生徒が、授業の質問をしている。
レンたちは後ろの席で、文化祭の話をしている。

いつもの教室だった。

でも、ユイには、どの方向へ動いても何かが壊れそうに感じられた。

佐伯先生のところへ行けば、カゲのことに近づく。
行かなければ、知らない相手からのメッセージを抱えたままになる。

ユイは小さく言った。

「少しだけなら」

ミナはうなずいた。

「うん。少しだけ」

二人は、教室の前へ向かった。

佐伯先生が顔を上げた。

「相沢さん、三浦さん。どうした?」

ミナが一瞬、言葉に詰まった。

ユイも声が出なかった。

佐伯先生は、二人の表情を見て、すぐに声を落とした。

「ここでは話しにくいこと?」

ユイは小さくうなずいた。

「少し……」

先生は、手元の資料をまとめた。

「わかった。隣の相談室が空いていると思う。そこで話そう」

相談室。

その言葉を聞いた瞬間、ユイの胸が強く鳴った。

いよいよ本当に話すのだと思った。

廊下に出ると、教室のざわめきが少し遠くなった。

それなのに、ユイには、後ろから誰かに見られているような気がした。

レンが気づいただろうか。
他のクラスメイトが見ていただろうか。
「何で佐伯先生と話してるの」と聞かれたら、どう答えればいいのだろう。

ミナも同じことを考えているのか、廊下を歩く足取りが少し遅かった。

相談室の前に着くと、佐伯先生が扉に手をかけた。

「ここでいい?」

ユイはうなずいた。

ミナも小さくうなずいた。

先生が扉を開ける。

小さな部屋だった。

机が一つ。
椅子が四つ。
棚には、進路相談の資料や、学校生活に関するパンフレットが並んでいる。
窓からは、校庭の端が少し見えた。

特別な場所ではない。
ただの相談室だった。

けれどユイには、その部屋がとても大きな境目のように感じられた。

入る前と、入ったあとでは、何かが変わってしまう。

ミナが扉の前で立ち止まった。

「やっぱり……」

小さな声だった。

ユイはミナを見た。

ミナの顔は青ざめていた。

「やっぱり、無理かも」

ユイの胸がきゅっと縮んだ。

「ミナ」

「だって、言ったら全部ばれる。カゲ使ってたことも、昨日の画像のことも、知らない人に返事したことも」

ミナの声は震えていた。

「親に言われたらどうしよう。先生たちに広がったらどうしよう。クラスで、私が言ったって思われたらどうしよう」

ユイは何も言えなかった。

その怖さは、ユイにもわかる。

言えば安全になるかもしれない。
でも、言うことで失うものもあるように感じる。

佐伯先生は、二人を急がせなかった。

扉を開けたまま、静かに言った。

「入るかどうかも、今ここで決めていい。話す内容も、全部でなくていい」

ミナは目を伏せた。

佐伯先生は続けた。

「ただ、一つだけ言っておくね。相談したからといって、君たちを責めることから始めるつもりはない。まず確認したいのは、今、誰かが危険な状態にいるかどうかです」

ユイは先生を見た。

「危険な状態……」

「うん。知らない相手から連絡が来ている。個人情報を求められている。脅されている。誰かが一人で抱えている。そういうことがあるなら、まず安全を確保する必要がある」

ミナの肩が少し震えた。

先生は、さらにゆっくり言った。

「してはいけなかった判断があったとしても、それと、助けを求めてはいけないということは別です」

その言葉で、ユイの中の何かが少しほどけた。

してはいけなかった判断。

それは確かにあった。

カゲに入ったこと。
見ていたこと。
止められなかったこと。
知らない相手からのメッセージを一人で抱えようとしたこと。

でも、それでも助けを求めていい。

ユイは、ミナに言った。

「少しだけ話そう」

ミナはユイを見た。

「全部じゃなくていいから。知らない人からメッセージが来たことだけでも」

ミナは唇を噛んだ。

「でも、そこから全部聞かれたら?」

ユイは正直に言った。

「わからない」

それから、少し間を置いて続けた。

「でも、このままのほうが怖い」

ミナは目を伏せた。

長い沈黙のあと、小さくうなずいた。

「少しだけなら」

佐伯先生はうなずいた。

「ありがとう。では、少しだけから始めよう」

三人は相談室に入った。

扉が静かに閉まった。

その音は小さかった。

けれどユイには、画面の中だけにあった問題が、初めて現実の空気の中に出てきた音のように聞こえた。


第26章 佐伯先生との会話

相談室の中は、思ったより静かだった。

廊下から生徒たちの声は聞こえる。
校庭からは、体育の授業の笛の音もかすかに届く。

けれど、相談室の中には、それとは別の時間が流れているようだった。

佐伯先生は、机をはさんで二人の向かいに座った。

すぐに質問を始めることはしなかった。

「まず、話しに来てくれてありがとう」

その第一声で、ミナの表情が少し崩れた。

怒られなかった。

それだけで、張りつめていたものが少し緩んだようだった。

先生は続けた。

「話せるところからでいい。順番もきれいでなくていい。まだ言えないことがあるなら、そう言ってくれていい」

ユイは、膝の上で手を握った。

言わなければならない。
でも、どこから言えばいいのかわからない。

カゲに入ったことから話すべきなのか。
知らない人からのメッセージから話すべきなのか。
先生の画像のことも言うべきなのか。

迷っていると、ミナが小さく言った。

「知らない人から、メッセージが来ました」

先生はうなずいた。

「うん」

ミナはスマホを出そうとして、手を止めた。

「見せたほうがいいですか」

先生はすぐに答えなかった。

少し考えてから言った。

「今すぐ無理に見せなくていい。ただ、内容を覚えている範囲で教えてくれる?」

ミナはうなずいた。

「最初は、『同じ学校?』って来ました。それから、『文化祭のこと知ってるよ』とか、『昨日の画像見たよ』とか」

先生の表情が少し引き締まった。

「昨日の画像というのは?」

ミナは黙った。

ユイも、息が詰まった。

そこに触れれば、カゲの中の冗談の話になる。

佐伯先生は、二人の沈黙を見て、声をやわらげた。

「言いにくいことなんだね」

ユイは小さくうなずいた。

先生は言った。

「では、まず分けて考えよう。今の話には、少なくとも二つの問題がある。一つは、知らない相手が君たちに接触してきていること。もう一つは、その相手が、学校や文化祭や画像のことを知っているらしいこと」

先生は紙に短く書いた。

知らない相手からの接触
学校・文化祭・画像の情報を知っている

「この二つは、安全確認が必要な話です。君たちが悪いかどうかを決める前に、まず危険が広がっていないかを見ないといけない」

ミナが小さく言った。

「でも、私、最初に返事しちゃいました」

先生はミナを見た。

「どんな返事をしたの?」

「同じ学校かも、くらいです。あと、文化祭の話を少し」

「名前や住所、写真は送った?」

ミナはすぐに首を振った。

「送ってません」

「会う約束は?」

「してません」

「お金や何かの登録を求められた?」

「まだ、ないです」

まだ。

その言葉に、ユイはぞっとした。

今はまだ。
でも、この先はわからない。

佐伯先生も、その言葉を聞き逃さなかった。

「今の段階で話してくれたのは、とても大事です」

ミナは顔を上げた。

先生は続けた。

「相手が何を目的にしているかは、まだわからない。でも、知らない相手が学校生活の情報を使って近づいてきているなら、放っておくべきではない」

ユイは思い切って言った。

「カゲっていう場所で、連絡が回ってます」

言った瞬間、身体が熱くなった。

言ってしまった。

もう戻れない。

先生は、表情を変えすぎないようにしているように見えた。

「カゲ」

「はい」

「それは、学校の公式な連絡手段ではない?」

ユイはうなずいた。

「違います」

「年齢制限を避けるようなもの?」

ユイは少し迷ってから言った。

「たぶん、そうです」

ミナが小さく付け加えた。

「招待された人だけが入れるって言われてました。でも、誰が運営しているのかは、よくわかりません」

先生は、紙にまた書いた。

非公式な連絡場所
運営者不明
招待制
年齢制限回避の可能性

ユイは、その文字を見るのが少し怖かった。

自分たちが使っていたものが、言葉にされると急に危険なものとしてはっきり見えてくる。

先生は言った。

「クラスの連絡が、そこで回っている?」

ユイはうなずいた。

「文化祭の連絡とか、ポスター班の話とか。最初、私は入っていなかったんです。でも、入ってないと連絡が来なくて」

ミナが続けた。

「私が個別に送ったりしてたんですけど、全部は無理で」

ユイは、胸が苦しくなった。

「集合時間が変わったのを知らなくて、私だけ校門で待ってたこともありました」

先生は黙って聞いていた。

ユイは続けた。

「違法なのはわかってました。情報の授業でも、危険だって習いました。でも、入らないと困って。私だけ知らないことが増えて、迷惑かけてるみたいになって」

言葉が少し震えた。

「だから、入りました」

先生は、すぐに叱らなかった。

代わりに、ゆっくり言った。

「相沢さんが言っていることは、とても大事な話です」

ユイは驚いて顔を上げた。

「もちろん、危険な場所に入ったことを、そのままよいとは言えません。そこは後で一緒に考える必要があります」

先生は続けた。

「でも、なぜそこに入ることになったのかを見ないと、同じことはまた起きます。禁止されているから使うな、だけでは足りない。公式の連絡手段では足りなかった。生徒同士の細かい連絡や相談が、非公式な場所に流れていた。その構造を見ないといけない」

ユイは、少しだけ息がしやすくなった。

自分が全部悪いと言われると思っていた。

でも先生は、ユイの判断を見ながら、その前にあった流れも見ようとしていた。

ミナが小さな声で言った。

「先生、怒らないんですか」

佐伯先生は静かに答えた。

「怒るべきことがないわけではないよ」

ミナの肩が少し固まった。

先生は続けた。

「でも、最初に怒ると、たぶん大事なことが聞けなくなる。今必要なのは、まず安全を確認することです」

先生は紙を見ながら、整理するように言った。

「今、分けて考えるべきことは五つあります」

紙に番号を書いていく。

一つ目。
違法または危険な可能性のある場所に、生徒の連絡が集まっていること。

二つ目。
その場所で、学校名、係、友人関係などの情報が流れていること。

三つ目。
知らない相手が、その情報を使って接触してきていること。

四つ目。
先生を傷つける画像が作られ、広がったこと。

五つ目。
それを相談しにくい空気があること。

先生は顔を上げた。

「これは、君たち二人だけで抱える問題ではありません」

その言葉で、ミナの目に涙が浮かんだ。

「でも、私も悪いです」

ミナは言った。

「返事しちゃったし。カゲも使ってたし。昨日の画像も見てたし」

ユイも小さく言った。

「私もです。作ってないけど、見てました。嫌だと思ったのに、止めませんでした」

相談室の中が静かになった。

佐伯先生は、二人を順番に見た。

「してはいけなかったこと、できなかったことはあります。そこは一緒に振り返る必要があります」

先生の声は、厳しさを含んでいた。

でも、突き放す厳しさではなかった。

「ただし、それを理由に、今の危険を放置していいことにはなりません。自分が悪いから相談できない、と思わなくていい」

ミナは、涙をこらえるようにうなずいた。

ユイは、ずっと胸の奥に詰まっていたものが少し動くのを感じた。

自分が悪いから、言えない。
使ってしまったから、助けを求められない。
見ていたから、相談する資格がない。

そう思っていた。

でも、先生は違うと言った。

先生は、少し具体的な話に移った。

「今日、このあとすぐにやることを決めよう。まず、知らない相手には返事をしない。メッセージは消さずに残す。スクリーンショットを取る場合は、相手に追加情報を送らない形で、必要最低限の記録にする」

ユイとミナはうなずいた。

「次に、カゲの中で個人情報や写真を求められても、送らない。登録や支払いのような案内が出ても、進まない」

ミナがうなずいた。

「はい」

「それから、これは学校としても対応が必要です。ただし、君たちの名前を不用意に広げることはしません。どう共有するかは、管理職や関係する先生と相談します」

ユイは不安になった。

「親には……」

先生はユイの表情を見た。

「安全に関わることなので、保護者に伝える必要が出る場合はあります。ただ、そのときも、君たちを責めるためではなく、守るために伝える。伝え方も一緒に考えよう」

ユイは、昨夜の母との会話を思い出した。

一人で持っていていい問題じゃない。

母は、たぶんもう一度話を聞いてくれる。
怒られるかもしれない。
でも、聞いてくれるかもしれない。

そう思うと、少しだけ怖さが薄れた。

佐伯先生は最後に言った。

「もう一つ、大事なことがあります」

二人は先生を見た。

「この問題は、誰か一人のせいにすると見えなくなります。カゲを作った人、使った人、誘った人、見ていた人、止められなかった人、相談しにくくした空気、公式の連絡手段の不足。いろいろな要素が絡んでいます」

先生は、紙に大きく丸を書いた。

「だから、犯人探しだけにしない。もちろん、傷つける行為や危険な行為には対応します。でも、それだけではなく、どうしてそこに流れたのか、どうすれば安全な連絡や相談ができるのかを考える必要があります」

ユイは、その丸を見つめた。

カゲに入ったこと。
先生の画像を見たこと。
知らない人からメッセージが来たこと。

全部が、別々の問題のようで、つながっていた。

そして、その中心にあるのは、ただの悪意だけではなかった。

つながりたい。
置いていかれたくない。
相談したい。
知らない側にいたくない。
でも、大人には言いにくい。

その気持ちが、カゲへ流れていた。

相談室の時計が、静かに時を刻んでいた。

佐伯先生は言った。

「今日、話してくれてありがとう。ここで話したことは、無駄にしません」

ミナは小さくうなずいた。

ユイも、うなずいた。

相談室を出ると、廊下にはいつもの学校の音が戻っていた。

誰かが笑っている。
誰かが走っている。
先生が注意している。

何も変わっていないように見えた。

でも、ユイの中では、何かが少し変わっていた。

問題はまだ終わっていない。
むしろ、これから大きく動くのかもしれない。

それでも、画面の中だけで抱えていたものを、現実の誰かと共有した。

そのことだけは、確かだった。

ユイはミナと並んで歩きながら、小さく言った。

「言えたね」

ミナは、少し泣きそうな顔で笑った。

「少しだけね」

ユイも、小さく笑った。

「うん。少しだけ」

けれど、その少しだけは、二人にとって、とても大きかった。


次回へ

第25章と第26章では、ユイとミナが佐伯先生に相談する場面を描きました。

相談することは、簡単ではありませんでした。

言えば、カゲのことが表に出る。
言えば、友達を巻き込む。
言えば、自分も責められるかもしれない。
言えば、これまで何とか保っていたクラスの空気が壊れてしまうかもしれない。

それでも、知らない相手が近づいてきたことで、二人は「このままでは危ない」と感じ始めます。

佐伯先生は、二人をすぐには責めませんでした。
まず確認したのは、誰かが危険な状態にいるかどうかでした。

知らない相手からの接触。
学校や文化祭や画像の情報を知っている相手。
運営者のわからない非公式な連絡場所。
先生を傷つける画像が作られ、広がったこと。
そして、それを相談しにくい空気。

先生は、それらを一つずつ整理します。

ここで大切なのは、「誰が悪いか」だけにしないことです。

もちろん、してはいけなかったことはあります。
危険な場所に入ったこと。
見ていたのに止められなかったこと。
相手を傷つける画像を作り、広げたこと。
知らない人に返事をしてしまったこと。

それらは、軽く扱ってよいことではありません。

しかし、それだけで終わらせると、なぜ生徒たちがそこに流れたのかは見えなくなります。

公式の連絡手段では足りなかった。
生徒同士の細かい相談場所がなかった。
友達からの誘いを断りにくかった。
知らない側にいることが孤立につながった。
相談すると大ごとになるという不安があった。

そうした構造を見なければ、同じことはまた起きます。

ユイとミナは、すべてを話せたわけではありません。
それでも、少しだけ話しました。

「少しだけ」でも、画面の中だけに閉じ込められていた問題が、現実の大人と共有されました。

それは、二人にとって大きな一歩でした。

次回は、学校がこの問題にどう向き合うのかに入っていきます。
しかし、学校の対応もまた簡単ではありません。

禁止すればいいのか。
カゲを使った生徒を叱ればいいのか。
公式アプリを使えと言えば解決するのか。
それとも、そもそも生徒同士の連絡や相談の場を、学校がどう設計すべきなのか。

問題は、ユイとミナの個人的な失敗から、学校全体の課題へ広がっていきます。


作成日:2026/06/20

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