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我慢している食べ物を妹にたくさん食べさせた。最低な姉..。甘えるのが苦手な長女。

今でも思い出すと、胸が痛くなることがあります。

過食で苦しかった頃。
私は、自分が「食べちゃいけない」と我慢していた食べ物を、妹にたくさん食べさせていた時期があるんです。

「これ、食べる?」
そうやって渡したのかもしれない。
妹が食べているのを見ながら、私はどんな気持ちだったんだろう。
思い出せるのは、いい気分ではなかったということ。

そのときの自分を思い出すと、
「最低な姉だな」と思ってしまいます。

妹は何も悪くない。
私が我慢していたものを、妹にたくさん食べさせた。
その事実だけを見ると、本当にひどいことをしていたな..思ってしまうのです。


大人になってようやく、少しだけ違う見方ができるようになった

本当は、妹に食べさせたかったんじゃないのかもしれない
もしかしたら私は、
妹に食べさせたかったんじゃなくて、
自分が食べたかったのかもしれない。って。

本当は私も食べたかった。

でも、
「食べちゃダメ」
「これは我慢しなきゃ」
「こんなものを食べたら太る」
「私はちゃんとしなきゃ」そんな言葉で、自分を止めていたから..。
だから、自分の代わりに誰かが食べてくれることで、少しだけ気持ちが楽になったのかもしれない。もちろん、だからといって妹に食べさせたことが正しかったとは思わない。

そこは別の話です。
でも、「最低な姉だった」だけでは説明できない何かが、あの行動の中にはあったんじゃないか。
最近、そんなふうに思います。


私は「甘える」が苦手だった//

私は長女です。
もちろん、長女だからみんながみんなそうなるわけじゃないけれど、
私の場合、
「お姉ちゃんだから」という言葉の中で、いつの間にか覚えていったことがあります。

我慢すること。
しっかりすること。
人に迷惑をかけないこと。
自分のことは自分ですること。

そして、
甘えることを遠慮すること。
「これが欲しい」
「もっと食べたい」
「私もやってほしい」
「寂しい」
「助けて」
そういう気持ちを、素直に出すのが苦手なタイプ。
「欲しい」と言えない私。

今振り返ると、過食って不思議です。

食べ物を大量に食べているのに、
その奥には、「欲しい」
「もっと欲しい」
「足りない」という気持ちがあるから。

過食は単純に食欲の話だけじゃないんです。

もっと構ってほしかった。
もっと甘えたかった。
もっと安心したかった。
本当は「私もいいよ」って言ってほしかった。
だけど、それを言葉にすることができなかったから何らかの形で得ようとしていたということ。

欲しがる私はダメ。
甘える私はダメ。
わがままな私はダメ。
食べたいだけ食べる私はダメ。
だから、どんどん自分の「欲しい」を小さく小さくしていって、
いつまでも心の奥にある「欲しい」は消えなかった。

「最低な姉」から、少しだけ離れてみる//

今でも、妹にしたことを思い出すと申し訳なくなる。
もし傷つけていたのなら、ごめんねと思う。

ただ、「あのときの私は最低だった」
と何度も自分を殴り続けることが、何かを解決するわけではない。
あの頃の私は、自分の「食べたい」さえ許せないくらい、
苦しかったから。

自分の「甘えたい」も、
「寂しい」も
「羨ましい」も、
うまく扱えなかった。
だから、変な形で出てきただけ。

今の私ができることは、
あの頃の自分を無罪にすることでも、
全部正当化することでもない。
ただ、「あのときの私には、ああするしかないくらい苦しかったのかもしれない」と、少しだけ理解してあげること。


「甘えるのを遠慮してしまう」
「人に迷惑をかけないようにする」
「自分より誰かを優先する」
「欲しいものを欲しいと言えない」
そんな生き方をしてきた人が、食べることだけは、抑えきれなくなる。
そんなことは、もしかしたらあるのかもしれない。
「食べてもいいよ」
「我慢しなくていいよ」
「欲しいって言っていいよ」
「甘えていいよ」
「そのままでいいよ」

そんな許可が欲しいだけなのかもしれないし。

そして最後に、
「もう、自分の分まで誰かに食べてもらわなくていいよ」って伝えたいです。



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