夫を見限る。
夫の整体予約を入れることを、キッパリとやめますた。
これまでの私は
一緒にもっともっとよくなりたい!!
という思いで、家族の整体予約やら、カウンセラー予約やら
そーいうことを積極的にしていましたが
やめた。スッパリやめました。
これは、「家族から独立運動」の一環なのだろうな、と思う。
(家族から独立運動は、週末の、夫と五番子さんとのお出かけから逸脱した、ひとり散歩から始まっています)
私が自分で試したもので、「これはすごい」と思ったら
途端に家族をそこにぶち込む、というそういうクセがありまして。
それはもう、有名な話。(私が通っているところには、ですけど)
夫には、
もう夫の分の予約は、私は入れませんよ、と、共有したところ
「ありがたいと思ってたよ。」とのこと。
私が夫が自ら動くべきところを骨抜きにしちゃってたかもしれない。
これからはご自分で、自分が必要だと思ったら
予約を入れたらいい。
が
私が見ている世界を、少しでも体感できたのだから
夫にとって良かったこともたくさんあったであろうとも思います。
ただ、最近、なかなか、夫の予約がうまく通らなかったのです。
仕事が入ったり、なんだりと。
こういう現象は、「変わりたくない」ときに起こる。
本格的な変容を「避けたい」ときに起こるのです。
最初は、私に付き合う形で整体に行っていても、
だんだん深いところに触れるようになると、
怖さが出てくる。
そして、
なぜか用事が入る。
これは、
本当に、どなたにでも起こり得ることです。
同じように、長女子も
これまで色々なところにお世話になってきましたが、
唯一、
私が今も定期的に受けているカウンセリングだけは、
効果を実感したのか、
自分で予約を取って
時々、受けています。
って言う風に、自発的にしてもらえるとありがたい。
ありがたいのだが、自分が間に入らなくなることが、
かつては寂しかったのだな。
つまりは、暇だったのです。
そして今は、私は、暇が無い。
暇があった頃
私は自分の時間を、家族に使っていました。
さらに自分にも使っていて、疲弊しまくっていました。
今は、暇があったら、家族のためではなくて
自分のために、使います。
*
「暇が無くなった」という変化は
忙しくなった、という意味ではなくて
自分の人生に、集中するようになった
という意味です。
自分の人生に集中し始めると、
不思議なことが起こります。
誰かの人生を、
良くしようとしなくなる。
誰かの変化を、
先回りして用意しなくなる
代わりに、
「私は、どう在りたいのか」
「私は、何を大切にして生きたいのか」
その問いが、
日常の真ん中に戻ってきます。
この家族から独立運動は
2025年の終わりごろから、年始にかけて
完成度を上げてきています。
オモロな現実が、ポンと立ち現れましたので
そちらもまた、ご紹介いたしますねん。
望む現実を創る大地を耕すクラス

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