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futen_seisuke
「いい人と結婚すれば幸せになれる」を信じた私が、自分の熱量で生きると決めるまで…
「とてもよい人」の隣で、息苦しかった日々
いま振り返っても、彼は本当に「とてもよい人」だった。
私のことを心から想ってくれ、大切にしてくれた。 けれど、その愛情に彼と同じ熱量で応えられない私にとって、結婚生活は日増しに息苦しいものになっていった。
「恋愛感情なんて、いつかは消えるものよ」
「結婚相手はね…とにかく“いい人”を選ぶことで幸せになれるの」
結婚を前に迷っていた私の背中を、母や親戚たちはこのようなアドバイスをして背中を押してくれた。 その言葉に嘘はないし、大人の知恵として一理あることもよくわかる。
実際にそのアドバイス通り、穏やかな情を育てて幸せな家庭を築いている人だってたくさんいる。だから、誰かのせいにしたいわけじゃないし、周りを恨む気持ちなんて微塵もない。
「こんなに私を大切にしてくれる人なら、暮らしていくうちに、いつか私も心から彼を愛せるようになるのかもしれない」
そう願ったし、思ったし、信じて、結婚した。 そして今でも、私は彼と結婚したこと自体は本当によかったと思っている。あの時間も、彼と過ごした日々も、私の人生にとって決して無駄な遠回りではなかったから。
「誰かの正解」を手放して知った、私の愛のカタチ
暮らしていく中で痛いほど気づかされたのは、私にとって何より大切だったのは「相手がどれほどよい人か」ではなく、「自分自身が、その人を深く愛せているかどうか」だったということ。
愛される安心感だけでは埋められない、自分の中から湧き出る情熱や愛しさ。 誰かの正解をなぞるのではなく、誰に何を言われても私自身が心から愛せる人としか、生きることはできなかった。
あの結婚があったからこそ、私は自分の心の輪郭を知ることができた。 元夫を心底傷つけた。そして痛みも伴ったけれど、それは私が私として生きていくための、かけがえのない気づきだった。
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