時代の変化は、
戦後生まれとは言え、
昭和20年代からさまざまなことがあったといまでは、自分なりの分析をしている。
人生の大方を文化的な分野から観てきた。
それは今も変わりはない。
が、
地球環境、教育、科学、化学、政治経済分野が
衣食住に密接に関わりながら、
危機感を増幅していることへの
時代の変化には、
子どもたちの未来は、
どうなるのかという大きな暗雲を感じる。
バトンタッチすることの
モノやコトへの内実が
不確かで未熟で託するものが
稚拙なようなものではあってはならないと。
大切なものを
どっさりも忘れてしまっているような
現実に触れながら、
今を生きる一人として反省も多い。
日曜日。外は、霧。
外を眺めながら、
つらつらとそんなことを考え始めた。
希望を持ち、
心がけることを、
富士山をながめながら、
想う。
PCで調べ物をして、
ふと想う。
歴史上、
これほどの変化をしている時代、
時が
あっただろうか?
さまざまな変革の時を持ちながら、
18世紀後半の産業革命以来から、
今に至るまで、
人類の歴史からみれば、
まだ300年経ったかたたないかという
短かな時の流れの
あれれあれれという変革は、
類を見ない。
AIを使って、
不思議なほど進化している世界を
体感しているが、
一方でどういう時代に
さらに変わっていくのだろうか?と。
激しい時代の変化。
その流れと波に対峙。
動物たちも
植物たちも
太古の昔から進化はしてきたものの、
我欲というものがないから、
穏やかな佇まい。
人間は、
どこまで環境を変えていくのだろうか?
人間とて、生命体としては
他の生命体と同じに
顕著な進化はしてはいない。
が、
生きていく環境を
変えていくエネルギーは、
他の生命体とは異質。
人間という生命体のこれから?
明るい未来、
宇宙観を持ち続けられるのか?
今日は、
朝から隣が見えないほどの霧。
ひねもす
ぼんやりと考えていたら、
答えの不明な取り止めもない
おもいに浸る。
深淵の中に
踏み入るようなことは、
今日はストップにしよう。
日曜日は、
ゆっくりお茶をいただくことにしよう。
ゆっくり音楽を聴くことにしよう。
ゆっくり本を読むことにしよう。
そうだ、
鈴木大拙の本を。
宮沢賢治の本を。
老師の本を。
バージニア•リー•バートンの絵本「せいめいのれきし」を。

時折、心が霧の中にいるような時に
私はこの本を本棚から取り出した。
