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みんなの意見を聞きたいなら、最初に自分の意見を言わない ー考える余白が、よりよい結論につながるー

会議で、こんな場面があります。

あるテーマについて、みんなの意見を聞きたい。

そこで、会議を進める人が、

「この件ですが、わたしはA案がいいと思っています。○○という理由です。皆さんはどう思いますか?」

と話す。

一見、とても自然です。

自分の考えもきちんと示している。

そのうえで、ほかの人にも意見を求めている。

何も問題がないように見えます。

でも、以前からわたしは、

「本当にみんなの意見を聞きたいのであれば、自分の意見は最後の方がいいのではないか」

と思うことがあります。

特に、その人が上司や責任者など、会議の中で立場のある人なら、なおさらです。

「わたしはA案がいいと思います」のあとで

たとえば、上司が、

「わたしはA案がいいと思います。皆さんはどうですか?」

と言ったとします。

自分もA案がよいと思っていた人なら、

「わたしもA案がよいと思います」

と言いやすいでしょう。

では、本当はB案がよいと思っていた人はどうでしょう。

少し考えます。

「上司はA案がいいと言っている」

「わざわざ反対するほどのことだろうか」

「何か自分の知らない事情があるのかもしれない」

「この場で反対意見を言って、話を長引かせるのもどうだろう」

そんなことを考えて、

「わたしもA案でよいと思います」

と言ってしまうことがあるかもしれません。

あるいは、

「特にありません」

で終わってしまう。

すると会議を進めた人には、

「みんなの意見を聞いた結果、A案になった」

ように見えます。

でも、本当にそうなのでしょうか。

立場のある人の意見は、「一つの意見」ではなくなる

同じ「A案がいいと思います」という言葉でも、

同僚が言うのと、

上司や責任者が言うのとでは、

受け取られ方が違います。

発言した本人は、

「これは、あくまでわたし個人の意見です」

と思っているかもしれません。

でも、聞いている側にとっては、

「責任者はA案を望んでいる」

という情報にもなります。

その瞬間、A案は単なる選択肢の一つではなくなります。

会議の中に、一つの「方向」が生まれます。

そのあとで、

「自由に意見を言ってください」

と言われても、

完全にまっさらな状態で考えることは難しくなります。

立場のある人ほど、

自分の発言には、自分が思っている以上の重さがある。

これは意識しておいた方がよいのかもしれません。

最初に「答え」を置かない

前回の記事では、

会議では、

事実 → 解釈 → 意見 → 判断

という順番が大切なのではないか、と書きました。

たとえば、

「先月は、たくさんの入会申し込みがありました」

と最初から評価を加えるのではなく、

「先月の入会申込者数は12人でした。前月は5人、前年同月は6人です」

と、まず事実を共有する。

そして、

「皆さんは、この数字をどう見ますか?」

と聞く。

今回の話は、その続きです。

せっかく事実を共有しても、

その直後に責任者が、

「わたしは、広報施策がうまくいった結果だと思います」

と言ってしまえば、

ほかの人は、その見方に引っ張られるかもしれません。

だから、

事実を置いたら、すぐに自分の答えを置かない。

少し待ってみる。

そして、

「どう思いますか?」

と、ほかの人に先に考えてもらう。

この「少し待つ」ということが、意外に大切なのだと思います。

会議は「答え合わせ」の場ではない

会議を進める人の頭の中には、すでに答えがあることがあります。

経験もある。

情報も多く持っている。

責任もある。

だから、議題を見た瞬間に、

「今回はA案だろう」

と考えられる。

それ自体は、悪いことではありません。

むしろ、経験があるからこそ、早く判断できるのでしょう。

でも、そこで最初に、

「わたしはA案だと思います」

と言ってしまうと、

会議が、

「A案でよいことを確認する場」

になってしまうことがあります。

本来は、

「A案、B案、あるいはまだ出ていないC案も含めて、みんなで考える場」

だったはずなのに、です。

せっかく複数の人が集まっているのであれば、

自分には見えていないものを、ほかの人に見つけてもらう。

そこに会議をする価値があるのだと思います。

自分と違う意見を聞くために、黙ってみる

たとえば、こんな進め方はどうでしょう。

まず事実を共有する。

「現在、○○という状況です」

「選択肢としては、A案とB案が考えられます」

ここまで説明したところで、

「皆さんは、どう思いますか?」

と聞く。

そして、自分は少し黙ってみる。

A案を支持する人がいる。

B案を支持する人もいる。

「そもそもC案もあるのでは?」

という人が出てくるかもしれません。

自分では気づかなかったリスクを指摘する人もいるかもしれません。

一通り意見を聞いたあとで、

「ありがとうございます。わたしは当初A案がよいと考えていました。ただ、今の○○という指摘を聞くと……」

と、自分の考えを話す。

この順番なら、

自分の意見も言えるし、ほかの人の意見も先入観なく聞くことができます。

「何か意見はありますか?」では、なかなか出てこない

ただ、

「わたしは何も言わないので、皆さん自由にどうぞ」

だけでも、意見はなかなか出ません。

特に日本の職場では、

「何か意見はありますか?」

と聞かれても、

シーン……

となることがあります。

これは、必ずしも「誰も意見を持っていない」ということではないと思います。

何について意見を言えばよいのか分からない。

どのくらい踏み込んでよいのか分からない。

まだ考える時間がない。

そんなこともあります。

そこで、

「A案とB案なら、どちらがよいと思いますか?」

「この案で心配なところはありますか?」

「実際にこの作業を担当するとしたら、何が問題になりそうですか?」

「わたしが見落としている点はありませんか?」

と、少し具体的に聞く。

すると、答えやすくなります。

つまり、

自分の意見を先に与えるのではなく、考えるための問いを与える。

これも、会議を進める人の大切な役割なのだと思います。

「一番詳しい人」から聞くとも限らない

もう一つ、会議では発言の順番も大切だと思います。

たとえば、経験豊富な人から先に意見を聞く。

すると、その後の人たちは、

「○○さんがそう言っているなら……」

と影響を受けるかもしれません。

場合によっては、

実際にその作業を担当している人や、

若手の人、

その問題に少し距離のある人から、

先に聞いてみる。

そのあとで、経験豊富な人の意見を聞く。

そうすると、違った視点が出てくることがあります。

知識や経験のある人の意見が重要ではない、ということではありません。

むしろ重要だからこそ、

その強い意見を少し後に置く。

そうすることで、ほかの意見が消えてしまうのを防ぐことができます。

「自由に言ってください」だけでは、自由にならない

責任者が、

「遠慮せず、何でも言ってください」

と言うことがあります。

もちろん、その気持ちは本物なのだと思います。

でも、言われた側が本当に自由に発言できるかどうかは、

その言葉だけでは決まりません。

上司が最初に結論を言う。

反対意見が出ると、すぐに反論する。

自分と同じ意見には大きくうなずく。

違う意見には表情が曇る。

そんなことが続けば、

いくら、

「自由に意見を言ってください」

と言っても、だんだん意見は出なくなります。

反対に、

自分とは違う意見が出たときに、

「なるほど。そういう見方もありますね」

「そこは考えていませんでした」

と、まず受け取る。

すぐに正誤を決めない。

すると、

「違うことを言っても大丈夫なんだ」

という空気が少しずつできます。

発言しやすい会議は、言葉でお願いしてつくるものではなく、進め方によってつくるもの

なのかもしれません。

最終判断をすることと、最初に答えを言うことは違う

もちろん、責任者には責任があります。

みんなの意見を聞いたからといって、

多数決で決めなければならないわけではありません。

最終的には、

「皆さんの意見を聞いたうえで、今回はA案で進めます」

と責任者が判断することもあるでしょう。

それでよいと思います。

大切なのは、

最終的に判断する人だからといって、最初に答えを示す必要はない

ということです。

むしろ、最終判断をする立場だからこそ、

その前にできるだけ多くの情報や意見を集める。

そして、

自分とは違う見方も含めて考えたうえで決める。

その方が、判断の質も上がるのではないでしょうか。

「待つ」ことも、仕事の一つ

会議を進めていると、

沈黙が怖くなることがあります。

「皆さん、どう思いますか?」

と聞く。

誰もすぐには答えない。

3秒。

5秒。

その沈黙に耐えられず、

「わたしはA案がいいと思うんですけどね」

と言いたくなる。

でも、その数秒、

誰かが考えているのかもしれません。

言葉を選んでいるのかもしれません。

勇気を出して、違う意見を言おうとしているのかもしれません。

そこで答えを与えてしまえば、

その考えは出てこなくなるかもしれない。

だから、

少し待つ。

これも、会議を進める人の仕事なのだと思います。

これも「仕事における思いやり」

このシリーズでは、

仕事における「思いやり」

について考えています。

第1回では、

相手に判断を丸投げせず、自分で考えられるところまで考えてから渡すこと。

第2回では、

自分が知っていることを相手も知っていると思わず、必要な前提を添えて情報を渡すこと。

第3回では、

自分の解釈を事実のように伝えず、まず共通の事実を置いて、相手が自分で考えられる余白を残すこと。

そして今回は、

自分の意見を少し後に回して、ほかの人が自分の頭で考えられる時間をつくること

について考えてみました。

どれも共通しているのは、

自分の頭の中だけで仕事を完結させない

ということなのかもしれません。

自分には分かっている。

自分には答えが見えている。

自分ならこう判断する。

そこで終わらず、

「相手には、どう見えているだろう」

と少し考えてみる。

そして、

相手が考えられる材料と、

相手が考えられる時間と、

相手が違う意見を言える余白を残す。

思いやりというと、

何かを「してあげる」ことを想像しがちです。

でも仕事では、

あえて先に言わない。

すぐに答えを与えない。

少し待つ。

そんな「しないこと」も、

相手への思いやりになるのかもしれません。

そして、自分とは違う意見が出てきたとき、

「そういう見方もあるのか」

と思えること。

そこから、会議をする本当の意味が始まるように思います。

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