自分を、雑に扱わない
ここ最近、自分の中で何かが変わってきた気がしている。
うまく言葉にできなかったんだけど、今日少し整理できた。
今まではたぶん、相手に合わせること、波風を立てないこと、求められる形でいようとすること、で回していた部分があったと思う。それで外側は整う。でも、内側が少しずつ苦しくなっていく。そういうことが、続いていた気がする。
自分でも気づいていたけど、どうすればいいかわからなかった。それが正しいやり方だと思っていたし、それしか知らなかったから。
我慢することも、時には大事だと思う。
踏ん張らなきゃいけない場面は、ある。全部から逃げればいいとは思わないし、そういうつもりでもない。
でも、我慢しすぎて自分が壊れてしまったら意味がない。そのことを、最近改めて感じている。ギリギリのところで自分を守れた、という経験をして、思った。もし味方が誰もいないなら、その場所から離れればいい。それだけのことだ、と。
結局、自分の味方は自分しかいない。最終的には、自分だけが自分を守れる。だから、自分だけはどんな時も自分の味方でいたい。自分の最大の応援者でいたい、と思うようになってきた。
変わってきたのは、「頑張って保つ」から「ズレたら戻す」という感覚に移ってきたことだと思う。
以前は、違和感があっても、そこで踏ん張っていた。自分のエネルギーを使って、なんとか形を保とうとしていた。私がやらなくてもいいことに、エネルギーを注いでいた。
でも最近は、ズレを感じたとき、そこに頑張って留まろうとするんじゃなくて、自分に戻ることを選べるようになってきた気がする。
「いや、これは違う」「ここまで抱えなくていい」「私はこういうやり方のほうが自然」。そういう自分の感覚を、以前より無視しなくなってきた。小さな「あれ?」を、流さなくなってきた。
これって、我慢しなくなった、ということじゃないと思う。
自分を雑に扱わなくなってきた、ということだと思う。
ちゃんとしていること、相手に合わせられること、責任を持てること。それは自分の強みだと思っているけど、その強みで自分を抑えることもできてしまう。強みが、いつのまにか自分を縛る道具になっていた。
そこに気づいてから、少しずつ変わってきた。「これは強みを活かしているのか、それとも強みで自分を押さえ込んでいるのか」を、少し考えるようになった。
「あるべき自分に戻す」というのは、理想を足すことじゃなくて、余計な我慢や違和感を引くことなんだと思う。
何かを頑張って加えるんじゃなくて、自分をずらしていたものを、そっと取り除く。そのほうが、自分らしくいられる気がしていて。
我慢で出していた成果は、続きにくい。でも、自然な自分で出せる成果は、積み上がっていく。そういうことを、最近少しずつ実感している。耐えることで成り立たせていた自分から、整った自分で進める自分へ、少しずつ移っている気がする。
もし今、どこかで苦しくなっているなら。
その場所に味方が誰もいないなら、離れてもいいと思う。それだけのことだと思う。逃げることじゃなくて、自分を守ることだから。
自分を守れるのは、最終的には自分だけだから。だからこそ、自分だけはいつも自分の側にいてあげたい。どんな状況でも、自分だけは自分の味方でいる。そう思えるようになってきたことが、今の私にとって一番大きな変化な気がしている。
まだ途中だけど、この感覚を大切にしていきたい。
