母が「やってくれる人」から、私たちが支える人へ
実家へ帰省した日、母は膝を痛めていた。
朝、電話をしたときに初めて知った。
「やっとの思いで歩けている」
6時間ほどかけて実家に到着すると、右膝にサポーターを巻いた母が、部屋の奥のほうで出迎えてくれた。
「せっかく帰ってきたっていうのに、申し訳ない」
そう言う母。
同居している弟は、少しイライラしているようだった。
「なにも、こんな時に痛めることないだろう!」
そう言いたくなる気持ちも、わからなくはない。
けれど、母だって同じだ。
いつ、どこで、何が起こるかなんてわからない。
起こってしまったことを責めても、仕方がない。
母は、そういう年頃になったのだと思った。
私たちが帰省すると、母はいつもフル回転する。
あれも食べさせたい。
これもしてあげたい。
せっかく帰ってきたのだから、いろいろやってあげたい。
けれど、そんな母に「手伝わないとイライラされる」という、なんとも不思議な構図もある(笑)。
娘が小さかったころ、帰省するたびに、母は布団を敷いて待っていてくれた。
今思えば、あの量の布団を一人で敷いていたのだ。
そう思うと、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
今回、妹家族も泊まっていけることになり、妹たちの布団を準備していると、弟が言った。
「自分たちにやってもらったら?」
たしかに、その通りなのだと思う。
でも私は、以前、妹たちが私たちより早く実家に着いたとき、母と一緒に布団を準備してくれていたことを覚えていた。
だから、仕事があって夜遅くに到着する妹家族のために、布団を準備しておきたかった。
ずっと、やってもらっていたから。
迎え入れてくれる。
待っていてくれる。
母がしてくれていたことには、そんな気持ちが込められていたのだと思う。
だから今度は、私もそうしたかった。
母に聞くと、私たちが帰る前日、あちこち買い物に出かけて、長い時間歩いたらしい。
ぎっくり腰ならぬ、ぎっくり膝だったのだろうか。
今回、私たちはいつもより長く実家にお世話になる予定だった。
その間に、母が車を運転できるくらいまで回復してくれたらいいな。
そんなことを思いながら、お盆休みを過ごした。
里帰り出産で実家にお世話になったこと以外では、結婚してから、たぶん一番長く実家に滞在した。
それなのに、時間はあっという間に過ぎていった。
大人がたくさん集まるこの機会に、普段できないことをやってもらえたらいいなと思っていたら、母から「換気扇を掃除してほしい」と頼まれた。
午前中から始めて、お昼ご飯の時間を過ぎるまでかかった。
夫も娘も手伝ってくれた。
掃除のノウハウは、びっくりするほど誰も知らなかったので(笑)、結局、私がいつもやっている方法で掃除をした。
油が垂れてくるほど掃除をしていなかったことにも驚いた。
「これは、母ひとりではもう無理だろうな」
そんなことも思った。
同居している弟は仕事が忙しい。
休日には、母のリクエストに応えて、遠出して買い物に連れて行ったりもしているらしい。
そんな弟に、母も遠慮しているようだった。
でも、これからは一緒に暮らす家族として、弟も母も、お互いにやり方を変えていく時期なのかもしれない。
私たちが自宅へ戻るころには、母は畑へ行けるまでに回復していた。
まだ膝は痛そうだったけれど、動けるようになっている姿を見て、少しほっとした。
無理は禁物だけれど、少しずつ動いたほうがよさそうだ。
今回の帰省で感じたのは、母が「何でもやってくれる母」から、少しずつ変わっていくということだった。
これからは、帰省するたびに、こんなことが増えていくのかもしれない。
今まで母がしてくれていたことを、今度は私たちがする。
「やってあげる」ではなくて、
「一緒にやる」。
そんなふうに、家族の役割が少しずつ変わっていくのだろう。
帰り道、母が元気に畑へ行けるようになったことに安心しながら、私はほんの少しだけ、これからへの覚悟のようなものを感じていた。
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