兄と弟のヤクルト事件
事件は起きた。
時刻は7:10。
朝のクソ忙しい時刻にその事件は起きたのだ。
いつものように私は息子たちの朝食の準備をしていた。
以前は頑張って色々作っていたけれど、どうせ作っても食べないのでもうあれこれ作るのをやめたし、私が用意した朝食に文句を言われると私の舌打ちが止まらなくなるので、毎朝「何食べる?」とお伺いを立てている。
朝の平和のために。
しかし、聞かなくても絶対文句を言われないものがある。
それが朝食の時にテーブルに置かれていると、2人のテンションは爆上がりする。
それは・・・ヤクルトだ。
世の中の子どもみんな好きなんじゃ?って思う。
私も子どもの頃大好きだった。
ただ、歯にはよくないということで、我が家ではあんまり買わないようにしている。
2人はテレビに夢中でなかなか朝食を食べに来ない。
「ほら、もう7時だよ!ヤクルトあるよ!」
ヤクルトという言葉に瞬時に反応したのは弟の方だ。
「やったー!!ヤクルトだ!○くん!ヤクルトだよ!」
先にテーブルにやって来た弟が興奮気味に叫ぶ。
兄もすぐにテレビを消し、やって来た。
2人はニコニコで席につき、「いっただきまーす!」と言いながらウキウキでヤクルトに手を伸ばす。
平和だ。
2人とも目の前のヤクルトにルンルンである。
私はその姿を見届けてから洗濯物を干しに2階に向かった。
さて、干すか。
洗濯物をピンチに挟もうとした次の瞬間・・うわーーーん!!
凄まじい泣き声が聞こえてきた。
なんだなんだなんだ、何事だ?!
いつもなら放っておくのだが、なんだか尋常じゃない泣き方だったので、私は掴んだ洗濯物を放り投げ、慌てて階段を降りて行った。
そこで私の目に飛び込んできた光景は・・
頭がヤクルトまみれになっている兄と、顔がヤクルトまみれになっている弟の姿だった。
なんだなんだなんだ、一体何が起きたんだこれ。
自分が信じられない状態になっていることにフリーズしたまま泣き叫ぶ兄。
眉間に皺を寄せ、黙って何やら怒りを滲ませている弟。
「何があったのよ・・」
私はとりあえず、頭がヤクルトまみれになっている兄の頭を拭きながら聞いてみると、兄は聞かれたことで再び思い出したのか、ますますヒートアップしてしまいお話にならない。
今度は、顔がヤクルトまみれになっている弟の顔を拭きながら聞いてみた。
「○くん(兄)が、コンコンしてくるから、嫌だった!」
弟はムスッとしたまま、理由を話した。
「それはさぁ!!!!○くん(弟)が飲む時にコンコンしてたから、コンコンして欲しいのかな、って思ってコンコンやっただけ!!それなのに、いきなり○くんがヤクルトを頭からぶっかけてきたのぉぉぉ!!うわーーーーーーーーーん」
激しく抵抗する兄。
ねぇ、コンコンって・・何なのよ。
時刻は7:10。
このたった10分の間に平和な朝は崩された。
よく見ると、床や、壁や、窓やら、あちこちにヤクルトが飛び散っているではないか。
私はヤクルトでベットベトになったそれらを拭きながら、2人に聞いた。
「コンコン、って何」
口を開いたのは、兄の方だ。
「○くん(弟)がヤクルト飲む時に底をこうやって、コンコン叩いて飲んでたのぉ。だから、叩いて欲しいのかな、って思ってやっただけ。それなのに!ひどい!うわーーーーーーーーん」
兄が泣きながら、「僕は悪くない」アピールをする中、弟はドタドタドタドタと、2階の寝室に駆け込んでしまった。
っていうかさ。
ヤクルト飲むときに底をコンコンやってたとしても、人にコンコンやってほしいって思うかね。
・・・いや、ほしくないと思うけど。
恐らくだな、私が推測するに、こうだ。
弟がヤクルトの底をコンコンしながら飲んでいたのを、兄がちょっかいでコンコンして、その時にヤクルトが顔にかかってしまい、怒った弟が飲んでいたヤクルトを兄の頭にぶっかけた。
絶対、これだと思う。
間違いない。
兄は、自分の非を認めないプロである。
まぁ、でも、私は実際現場にいなかったので真相は闇の中なわけで、どちらも責めることはできない。
とりあえず、学校に行く時間が迫ってきている。
目の前で大泣きしている兄と、2階の寝室にお籠もりしている弟をなんとかしないといけない。
ああ、はっきり言って・・・めんどくせぇ。
朝のクソ忙しい時間に兄弟喧嘩とかマジ勘弁。
平和の象徴であるヤクルトがあちこちに飛び散っている。
ああ、ベトベトする。
拭いても拭いてもベトベトする。
私は、めんどくせぇとマジ勘弁を頭の中でぐるぐるさせながら、飛び散りヤクルトを四つん這いになりながら拭いた。
そんな横で、ずーっと兄による「僕は悪くない」アピールが続いている。
優先順位は、弟だ。学校に行く時間が迫っている。兄は現在学校に行っていないので、急ぐ必要はない。しばらく落ち着くまで泣かせておこう。
2階の寝室に弟を迎えに行こうと階段を登っていたら、背後から兄の声が飛んできた。
「お母さん!!○くん(弟)にさっき言ったこと言っておいてよ!!!!」
彼の畳み掛けてくる「僕は悪くない」アピールを胸に、コンコン、とノックをして寝室に入ると、次男は布団にくるまっていた。
「そろそろ、朝ごはん食べよっか」
「・・・・・」
「どうして顔にヤクルトついてたの?」
「・・・・・」
「僕は悪くない」アピールがすごい兄と違って、弟は黙っている。
「コンコンされたのが嫌だったんでしょ?そんな時はどうするんだっけ?」
「・・・・ことばぁ」
「そうそう。『それ嫌だからやめて』って言葉で伝えようね。ほら下から○くん(兄)の泣いている声聞こえるでしょ?言葉で伝えないと、何も相手には伝わらないんだよ」
「・・・・・」
「それに・・○くん(兄)は、○くんがコンコンやってほしいって思ったんだって」
んなことあるかい!って本当は思ったけど、兄に頼まれたので一応伝えた。
「嫌だった!!!!」
弟が声を荒げた。
だよね・・。
「だったら、次からはそれを言葉で伝えようね」
「・・・・・」
沈黙の後、布団から手が出てきて、グーッと親指を立てた。
ヨシ。弟は切り替わった。
私は弟を抱っこして1階へ降りると、「言ってくれた?!?!」と、やっと泣き止んだ兄からチェックが入った。
「伝えたよ。でも、それが○くん(弟)はやってほしくなかったんだって。だから、それを言葉で伝えればよかったよね。ハイッじゃあ、朝ごはん食べよ」
「○くん(弟)と食べたくない!!!」
・・・めんどくせーーーー!!!!
「○くん(弟)、こっちで食べようか」
持ち運び用折りたたみ式のテーブルを洗面所に持って行ってそこに朝食を並べた。
文句ひとつ言わず朝食を食べ始める弟。
ああ・・こんなところでごめんやで。
でも、朝の平和を取り戻すために堪忍やで。
「さぁ、○くん(兄)も食べよう!」
「髪の毛が気持ち悪いーーーーーヤクルトでベトベトするぅぅぅぅぅ!!!!」
ああ、もう、うるせーーーー!!!!
「わかった、じゃあ、シャワー!シャワー浴びよ!ほら、服脱いで」
ああ、そうだった。洗面所では弟が朝食食べてるんだった。
「○くん(弟)ごめんね。こっちのテーブルで食べようか」
弟の朝食を再び食卓テーブルに運んだ。
黙って移動する弟。
ギャーギャー言いながら、スッポンポンになる兄。
弟が黙って朝食を食べている間に、兄の頭を洗う。
「あーーーー気持ち悪い。ベトベトする。ヤクルトで髪の毛絡まってる。気持ち悪いぃぃぃ」
「ほーらほらほら、シャンプーで洗えば綺麗スッキリー!朝シャワーって気持ちいいねー」
兄の文句をかき消すようにシャワーをぶっかけた。
兄はめったにしない朝シャワーが気持ちよかったのか、コロッと機嫌が良くなり、「○くん(弟)とゲームする時間ある?」とキラキラの瞳で聞いてきた。
そんな時間あるわけがない。
私は既に1日の全エネルギーをこの時点て使い果たしてしまった。
平和の象徴であるヤクルトによって繰り広げられた大惨事。
当分、ヤクルトがテーブルに並ぶことはなさそうだ。
