短編小説?「ティンパニポリン」1,137文字を書いてみた
「カートゥーン・ギャラリー」です。少しでも疲れた目の癒しになればと思いギャラリー仕立てにしました。ゆっくりしていってください……


『ティンパニポリン』
僕はオーケストラのティンパニ奏者だ。
いや、奏者と言っていいのかわからない。
他のメンバーが優雅に、あるいは力強く楽器を奏でる中、僕の役割はほとんどないからだ。
壮大なシンフォニーがクライマックスに向かうときも、フルートやヴァイオリンが繊細なメロディを紡ぐときも、僕は音を立てないように、ただ所在なげに座っているだけ。
楽譜に記された「Tacet(演奏なし)」の文字が、僕の存在の無さを嘲笑っているかのように思えた。
みんなは、気の毒がって話しかけてもこない。
もしかしたら、僕の存在にすら、気づいていないのかもしれない。
彼らはチェロやトランペット、クラリネットといった主役級の楽器が織りなすハーモニーの中で、生き生きと輝いている。
それに比べて、僕は舞台の隅で、巨大な鍋のような楽器を前に、ただひたすらに出番を待つだけ。そんな自分が、情けなくて仕方がなかった。
ある夜の練習後、僕は一人、重い足取りで楽屋に戻ろうとしていた。
すると、後ろから優しい声がかけられた。
「ティンパニさん、お疲れ様です」
振り返ると、そこにいたのは黒髪をパッツンに切り揃えた、チェロ奏者の沓名翠咲さんだった。
彼女はいつも、あたたかい笑顔でまわりを和ませるムードメーカーだ。
「なんだか、元気ないですね」と彼女は僕の顔を覗き込んだ。
僕は、どうせ僕の気持ちなんて誰にもわからないだろうと、そっけなく答えた。
「僕のパート、ほとんどないから。正直、ここにいる意味あるのかなって」
すると彼女は、少し困ったような、でもどこか温かく芯のある眼差しで言った。
「ティンパニって、ここぞという時に、すごい力を発揮するんですよ」
「シンフォニーの一番大事な瞬間、みんなの心が一つになって、最高の盛り上がりを迎える時。その時、ティンパニの音は、まるで雷鳴みたいに響いて、聴衆の心を震わせる。静寂を破り、音楽全体を次のステージへ押し上げる、そんな力がある」
彼女は続けた。
「その、たった一瞬のために、ティンパニは辛抱強く待つの。それまで、目立たないかもしれない。でも、その一瞬があるからこそ、オーケストラは完成するの。だから、その時を辛抱強く待つのよ」
その言葉を聞いて、僕の心に微かな光が灯った。
そうだ、僕はただの脇役じゃない。
たった一瞬でも、音楽全体を揺るがすことができる、重要な存在なんだ。
僕の存在は、決して無駄じゃない。
そのことがあってから、僕の練習中の意識は変わった。
他のメンバーの演奏を、ただボーッと聞くのではなく、注意深く耳を傾けるようになった。
いつか訪れる僕の出番のために、<最高の瞬間>を掴むために。
トランポリンで宙返りをするみたいに、
いつか必ず来る、僕の輝く一瞬のために。
僕は今日も、辛抱強く待ち続ける。




