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10年で10回引っ越した私が、それでも手放さなかった「10年本」10冊

何回「10」って書くんだよという感じですが、みずのけいすけさんのこのnoteが面白かったので便乗してみます。

私は2011年に大学を卒業しほぼ無一文で上京していて、その後の10年で10回引っ越しをしています。シェアハウスにいたり、一瞬地元の名古屋に戻ったり長期取材のために西宮に住んでいたり、ちゃんとした定住をしていない時期が長かったんですよね。

引越しの際、手持ちの本の大半は手放していました。本が多いとそれだけで荷造りのしんどさ爆上がりなので。上京前も、実家で持っていた本棚三台分の本を、長い時間かけて図書館の寄贈書コーナーで処分しています。それ以降は結婚するまで、引越しの度に手持ちの本を100冊程度に絞り込む作業を繰り返していました(今は夫が万単位で本を持っているのですべてがどうでもよくなった)。

今回ご紹介するのは、その10回の引越しを経ても手放さなかった精鋭部隊。何しろ10回のスクリーニングを耐えている本たちなので完全に納得の顔ぶれです。「10年以上所有してちょくちょく読み返している本」自体は10冊以上あるけれど、「本棚のいい位置に置いている」を満たすものとなるとこのあたりだなあと。

面構えの違う本、つまり汚れまくった本が多くてすみませんが、ご興味あれば見ていってください。 


1.渡辺由文『時間と出来事』(中央公論社)

小汚い付箋がたくさん貼られている

ジャンル的には時間哲学の本なんですが、この本なんで爆売れしてないんでしょうか。

私の人生一番の「ビビビ」本にして激推し本なのに、世間で話題になったところを見たことがなく悔しい思いをし続けはや15年。カルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』が話題書としてもてはやされていた時も、「それはもうこの本に書いてあるのにーッ!」とハンカチを噛んだものでした。

そう、この本も結論は「時間なんてものは存在しない」です。

時間は実在しないが、実在は時間的に捉えられ得る。時間は、われわれの祖先であるヒトが自分たちの持つ言葉の力を頼りに、出来事を概念として捉え、それを社会的に共有するためにつくり出した知的な道具である。

P.442

上記の主張を、アリストテレスやアウグスティヌス、ベルグソン、フッサールなどの哲学者の論を批判的に読み解き、人類史にも目を配りながら、とても平易な言葉で語り尽くしたのが本書。これがなんというか励まされる論なんです。人間の可能性、宇宙の懐の広さ、そういうものを感じて、怖さもあると同時に脳が元気になる。一種の生命賛歌だと思う。なのでずっと手元に置いて、たまに適当なページを読み返して「ウム!」となっているのです。

私がこの本に出会ったのは2010年で、まだ学生の頃でした。書店の新刊平台でちらっとこの本の顔を見た瞬間、なぜか「あっ、これは読まないといけないやつだ」と思い、3000円は貧乏学生にはきつかったもののすぐ購入。それから数日間この本に没頭して、付箋をつけまくり線を引きまくり、大満足したことを覚えています。

長くなりそうなのでこの辺でやめますが、もっとこの本の話をしたい。ベルグソンだのフッサールだのの批判的読解の妥当性は私にはわからないので、識者の意見を聞いてみたいものです。


2.『カフカ全集3 田舎の婚礼準備・父への手紙』新潮社

カバーがないので背を……

初っ端から長く書きすぎたのでもっとさくさくいきたい。えーと、カフカです。

カフカ全集は7の日記巻も持っていてそっちもちょくちょく読むけど、私は3におさめられた「ノート」の文章が好きなんですよね。入口も出口もわからない、ただ執拗な思索だけがある。冒頭で要点をまとめたり、三段論法を使ったり、共感しやすい例え話をしたりしない。落ち着く。これこそが私の求める文章の醍醐味。

そういえば昔、アニメプロデューサーのありまよさんに「カフカのノートが好きだなあ」と言ったら「いやあんなのみんな好きでしょ!!」と返されたことがありました。ほんとに? カフカのノートの話、手あたり次第にしてもいいですか?


3.洲之内徹『さらば気まぐれ美術館』新潮社

松田正平さんの絵

す、洲之内徹が好きなんだよォーーーー!!!!

という話は以下のnoteでも書きましたので読んでください。

私の学生時代は、洲之内徹に救われていたと言っても過言ではない。しかしこれもまた、時代があまりにもズレすぎていて、周りがまったく読んでいないのでした。まったくもって人生が30年遅かった。

洲之内徹を読んでいる人を見かけたら、それが電車の中だろうとカフェだろうと村上春樹の「偶然の旅人」の如く絶対に話しかけよう、それが男で同世代だったら付き合うしかないんではないか、とまで思っていましたが、同世代の男どころか異世代ですらリアルタイムで読んでいる人には遭遇できずに今に至ります。

とそんなことはどうでもいい。シリーズ全巻手元に置いている中で、どれが一番読み返した本だろうか、ということを今回考えました。「ポワソニエール」が出てくる『絵の中の散歩』もよく読み返したし、友達がプレゼントしてくれた文庫の『帰りたい風景』も頻出だった気がする。ただ、何かあった時に意図的に読み返すのは『さらば気まぐれ美術館』の最初に収録されている「トドを殺すな」だな、と思ったので代表でこの本にしてみました。友川かずきについての文章です。彼が中原中也の弟から聞いたという中原中也の言葉(ややこしいな)がいいんだ。手癖や脊髄反射で何か言葉にしたくなってしまったときに思い出したいエッセイです。


4.北原菜里子 『少女マンガ家ぐらし』岩波書店

この表紙可愛いよね

中学くらいの時から持っている、私にとって最初期の「創作指南」書。手塚治虫の『漫画大学』の次がこれだったんじゃなかろうか。

漫画家としてのヒストリーや、スランプ時に同人誌を作ってそれを脱したこと、実際の漫画の描き方などを網羅的に語ってくれていて、漫画パートも含めてとてもあたたかい語り口の本です。私は少女漫画家志望ではなかったけれど、手塚治虫やウォルトディズニーみたいな“偉人”とはまた別のプロフェッショナルの生き方をこの本に教えられていました。子どもの頃の気持ちを思い出せるのと、「創り続ける人生っていいな」という気持ちが湧いてくるので、手放さず今もたまに読み返しています。


5.アンネ=フランク『アンネの童話集』小学館

てんとう虫ブックスも名著が多い

アンネが書いた童話を集めた、子ども向けの本。私は実は、『アンネの日記』よりこの本が好きなんですよね。出会ったのは小学生の時でしたが、「私もこういうふうに書きたい!」と思ったことをよく覚えています(そしてこれにかぶれた小説を書いた)。

じゃあ「こういうふうに」とは何か? まだ答えに辿り着いていませんが、「心の中の自由を追求しながら」ということかもしれない。不自由な暮らしの中で、これほどまでにのびのびとした発想で人の善性について書き続けられたアンネは素晴らしい作家だったと思います。アンネのようにはなれないけど、ある意味では指針の一人。この本も手放せないなあ。


6.アラン『芸術の体系』光文社

書き込みだらけで汚い

ここからは文庫。まずはアラン『芸術の体系』、光文社新訳。アランは『プロポ』とか他にもいくつか買っているけど結局これが一番好きだな〜! 学生時代、新訳が出た時に新刊で買ったのだった気がする。この新訳はめちゃくちゃ読みやすいです。学生の間に何回読み返したことか。

中身としては、「ダンス」だとか「散文」だとか、いろんな芸術形式について縦横無尽に思索を書いているだけのいつものアランです。自分語りもしない、仰々しい引用もない、アランが自分なりの「詩ってのはこういうもの」「水彩画の特徴はこれ」などの意見を述べているだけ……でもこれがいい。私はいろんな表現形式の固有性みたいなものを考えるのが好きで、今もこの本をひとつの基準みたいに刷り込んでいる気がします。


6.ジェーン・オースティン『分別と多感』筑摩書房

中野先生の訳好きです

ジェーン・オースティンLOVE!!!!

写真の本は二代目。初代はあまりに読み返しすぎて表紙がチリチリになってしまったので、数年前に買い直しました。小説は筑摩と岩波で全部持っていますが、一番好きなのはやっぱり最初に知ったちくまの『分別と多感』なんです。通読じゃない読み返しも入れれば100回くらい読んでるんじゃないだろうか。何回読み返しても「人間描けすぎでは!?」と新鮮に驚きます。


7.宮尾登美子『手とぼしの記』新潮社

そうめんが食べたくなる本第一位

一番読み返している随筆。

高校生の頃から宮尾登美子が好きでした。林真理子のエッセイを読んでいて『きのね』のことを知り、学校の図書館にあったから読んでみたのがきっかけだった気がする。『きのね』は名作なので読んだことがない人にはぜひ読んでもらいたいし、「国宝」を観た人は絶対読むべき(楽しい話ではないが!)と思うのですが、私は小説以上に宮尾さんの随筆がなんか好きなんですよね。全集も随筆や日記の巻だけ持っている。表現のさりげない巧さとこだわりの強さがいい。食べ物の話が特に好き。

よく読むとだいぶ困ったお人なのも伝わってくるけど、やっぱりこの人のパワーはすごいです。満洲引き上げと長い主婦時代を経て、40代になってからこれだけの活動をしたというところにも励まされる。ワーママ創作勢におすすめかも。

8.三島由紀夫『美しい星』新潮社

私はこの小説の二次創作をしたことがあるのだ…

み、三島由紀夫が好きなんだァーーーーー!!!

いいね3しかついてない日記!!すごいぞ!!(読まなくていいです)

三島由紀夫が好きというと微妙な反応をされることが多いですが、私は彼の書いたもののうちいくつかの作品が本当に好きだし、三島由紀夫という人間自体にすごく興味があるんですよね。そして『美しい星』は、私の中では三島由紀夫の集大成。『金閣寺』より『豊饒の海』よりだんぜんこっちなんです。おかしくって哀しくって、人間の馬鹿馬鹿しさに呆れつつもでもやっぱり人間をやっていきたいと思わされる。

大学生の時に読んで以来折に触れて読み返し、上京するときもカバンに入れていた一冊です。


10.村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』講談社

ボールペンの落書きはうちの子どもによるもの

汚い本を出して申し訳ない。さっきから「10年」どころじゃない本がちらほら出ていますが、この本も最長老の類だし、読み返している回数でいったら間違いなく蔵書の中でぶっちぎり1位です。2000年代前半からうちの実家にあったからかれこれ20年以上の付き合いか……そろそろビニールカバーで補強しないと。

というわけで最後は村上春樹でした。私は春樹作品だと『ダンス・ダンス・ダンス』が一番好き。ユキと同い年くらいの頃に読んだ時は「なんじゃこりゃ!」だったし、なんか忌々しい小説だなと思っていたくらいでしたが、20歳を超えてからじわじわ気になり始め、アラサーくらいからしょっちゅう読み返すようになりました。奇しくも私もフリーライターになってしまい、「文化的雪かき」という言葉の意味が深く深くわかるようになったというね……。

結局のところストーリーがどうとかではなく、生き生きとした人間たちが(元気溌剌という意味ではない)、独自の世界観=文体の中で踊り続けている、その様子自体に読む価値があるのだと思います。まさに踊るような文章は、ノって楽しく眺めて楽しい。春樹氏が『グレート・ギャツビー』をしょっちゅう読み返して数行からでも満足感を得るように、私もこの本の世界観から養分をとることができる。私に取ってはこれもやはり手放せない本です。

ちなみに、私よりずっと文学肌だった妹(洋服ダンスの引き出しの中に山本周五郎の文庫を大量に並べていた)とも昔よく『ダンス・ダンス・ダンス』の話をしていたのですが、「未樹もこのままだと羊男になるよ」と時々言われたことを思い出します。踊り続けなければ。

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夜中の3時に寝付けなくなり、書いてみるかーとnoteをひらいて2時間。なんとか5000字駆け抜けました。並べてみるとやはり良い本揃い。これからも本棚の一等地で頑張ってもらおうと思います。

興味の持てる本があったら皆さんも読んでみてくださいまし。


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小池未樹 読んでくださってありがとうございました。いただいたチップで新しい挑戦に励みます!

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