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映画『ルックバック』ーーそれでも、私は、ここで描いている。

※作品の内容に触れています。

『ルックバック』のアニメ版は、以前映画館で観た。

その日、真夏の暑さで映写機が故障した。
急遽、別の映画館へ移動して観ることになった。

映画館の映写機が故障するなんて、そうそう経験することじゃない。
そんな出来事も含めて、妙に記憶に残っている作品だ。

そのときも、短いけどいい映画だったと思ったのを覚えている。

今回、是枝裕和監督による実写版を観た。
確認したいこともあり、久しぶりにアニメ版を見返した。

実写版は、思っていた以上にアニメ版に忠実だった。
同じ場面、同じ台詞を見つけるたびに、実写版で感じたものがもう一度戻ってくる。

ちなみに、アニメ版を見返していて笑ってしまったのが学校の先生。
実写版では宮藤官九郎が演じているのだけれど、
これが結構似ている。

宮藤官九郎は、個人的に今年度のイチオシ(『時には懺悔を』のレビューをお読みくださいw)
こんなところで観られてちょっと嬉しい。

さて。

改めて二つの『ルックバック』を続けて観て、最初に浮かんだのはこんなことだった。

『人生、たった一人、自分を理解してくれる人がいればいいのかもしれない。』

小学生の藤野は、自分の絵がうまいことに自信を持っている。

学年新聞に4コマ漫画を描けば、クラスメイトたちがベタ褒めしてくれる。

ところが、不登校の京本の絵が学年新聞に載った途端、その評価がひっくり返る。

京本、すごい。
それに比べて藤野は――。

昨日まであれだけ褒めていたのに、随分勝手なものだ。

悔しかったのだろう。
藤野はデッサンを始める。

友達から「もう絵を描くのやめたら? オタクっぽいし、中学ではそんなことしてる人いないよ。最近私たちと遊んでくれないし」と言われても、
人体の骨格や背景など、寝食を忘れて藤野は描き続ける。

世の中から突出していく人って、たぶん人と違うことをしている。
みんなが遊んでいるときにも、一人で机に向かっていたりする。

その最中は「何やってるの?」と笑われることもある。
でも、結果が出た途端、周囲の評価なんて簡単にひっくり返る。

とはいえ、小学生の藤野にそんなふうに割り切れるはずもない。

それでも、京本との差はなかなか縮まらないと思ってしまう。

ある時、学級新聞に載った京本の風景画を見て、
藤野は愕然とする。
努力しても埋まらないほどの差を、見せつけられた気がしたのだろう。



藤野は絵を手放し、空手を始め、友達と遊ぶようになる。

飽きたわけじゃないんだと思う。

むしろ逆だ。

好きだったからこそ、負けたことが苦しくて逃げた。

だって本当に絵がどうでもよかったなら、友達と遊ぶ時間まで削ってデッサンなんてしない。努力しても埋まらないことが悔しかったんだろう。

そんな藤野を、もう一度絵の世界へ連れ戻したのが、よりによって京本だった。

卒業証書を届けるため、初めて京本の家を訪ねる。

そこで藤野は知る。

自分が「負けた」と思っていた相手が、自分の漫画をずっと読んでいたことを。

「藤野先生」

京本はそう呼ぶ。

自分よりずっと絵がうまいと思っていた相手が、自分のファンだった。

そりゃあ、嬉しい。

帰り道の藤野は走る。
もう、天まで昇ってしまいそうな勢いで。

あれだけ自信を失わせた京本が、今度は藤野の自信を取り戻してくれた。

もしかしたら藤野は、京本から初めて「先生」と呼ばれたあの日から、本当に“藤野先生”になろうとしたのかもしれない。

京本は、藤野の漫画を読みたがる。

アイデアを話せば「読みたい!」と言ってくれる。
描いたものを喜んでくれる。

それを言ってくれるのが、自分が心から「絵がうまい」と認めた相手なのだから、藤野の自己肯定感は爆上がり。

京本が「読みたい」と言ってくれるから、藤野は自分のアイデアを安心して世の中へ差し出せたのではないだろうか。

そして二人は一緒に漫画を作り始める。

藤野が漫画を描き、京本が背景を描く。

藤野の絵にあの頃のデッサンが生きている。

必死に積み重ねたものは消えていない。高校生になった藤野の漫画の作画に、ちゃんと生きている。努力は無駄じゃなかった。

二人で作品を作り、賞を取り、デビューする。

一緒に夢を追って、一緒に頑張って、本当に夢をつかむ。

そんな経験、人生でそう何度もできるものじゃない。

最初は「藤野先生」と呼んでいた京本も、いつしか「藤野ちゃん」と呼ぶようになる。

憧れの漫画家と、そのファン。

そこから、一緒に作品を作る仲間になり、かけがえのない友人になっていく。

「部屋から出てよかった。藤野ちゃん、ありがとう」

京本がそう言う場面が好きだ。

藤野は京本を部屋の外へ連れ出した。

でも、考えてみれば、絵から逃げていた藤野をもう一度机の前へ連れ戻したのは京本だ。

どちらか一人が、もう一人を救ったのではない。

二人は、お互いの人生を動かした。

だからこそ、京本が美大へ行くと言い出したときの藤野は複雑だったのだと思う。

京本は、漫画の背景を描いていくうちに、もっと絵がうまくなりたいと思うようになった。

人とも話せるように練習する。
藤野に頼らず、一人でやってみたい。
もっと絵がうまくなるために頑張る。

最初は部屋から出ることさえできなかった京本が、今度は自分の意思で、さらに外の世界へ出ていこうとしている。

選んだのは風景画。

こっそり『となりのトトロ』を観ているところも、なんとも京本らしい。

そして美大で京本が描いていた風景は、藤野と一緒に遊んだときに見た風景だった。

離れても、京本の絵の中には藤野との時間が残っている。

一方の藤野は、京本が美大へ行くのを止めようとする。

自分が姉から言われた「美大なんか行っても就職ないよ」というような言葉まで持ち出す。

でも、よく考えたら就職先なんて関係ない。

藤野にはもう連載が決まっている。

「私についてくれば全部うまくいく」

藤野はそう言う。

なんとも藤野らしい。

でも、本当に言いたかったのは、

行かないで。

寂しい。

これからも一緒にやろう。

だったのではないだろうか。

藤野は、大切なことほど素直に言えない。

そもそも物語の冒頭からそうだ。

ずっと机に座って絵を描いているなんて、つまらなそう。

そんなことを言っていた藤野が、誰よりも机に向かって描いている。

漫画を描くのが好きだとも言わない。

見栄っ張りで、ちょっとカッコつける。

でも藤野のカッコつけは、単なる見栄だけではない気がする。

自信があるから大きなことを言うのではなく、大きなことを言うことで、自分自身をそこまで連れていこうとしている。

弱さを隠しながら、自分を鼓舞している。

だから「寂しい」も、「一緒にいて」も、藤野の口からは出てこない。

それでも、行動には全部出ている。

藤野が一人になって構えた仕事場。

デスクからは桜が見える。

京本と一緒に見た桜だ。

屋台も見える。
桜餅を食べる。

その屋台の風景は、京本が漫画の背景に描いていたものでもある。

京本の描く風景には藤野との時間があり、
藤野の見ている風景には京本との時間がある。

二人は離れても、それぞれの風景の中に相手を残していた。

そして、この作品を見返していて気になったのが「背中」だった。

京本は初めて藤野に会った日、サインをねだる。

色紙ではない。

着ていたドテラの背中に書いてもらう。

京本は、藤野のサインを背負っている。

その後、藤野は美大へ行く京本に、

「京本も私の背中見て成長するんだなー」

と言う。

いつもの藤野のカッコつけにも聞こえる。

でも、ここまで二人を見てくると、少し違って聞こえた。

藤野は、ずっと京本に自分の背中を見ていてほしかったんじゃないだろうか。

「そばにいて」が言えないから、

「私についてくれば全部うまくいく」

になる。

「私を見ていて」が言えないから、

「私の背中を見て成長する」

になる。

そんな二人を、突然の事件が引き裂く。

ニュースを見た藤野は、真っ先に京本へ電話する。

普段は何も言えない藤野なのに、こういうときの行動だけは嘘をつかない。

でも、電話はつながらない。

母からの電話で京本が亡くなったことを知る。

そして藤野は、二人の人生を逆向きにたどり始める。

自分が4コマを描かなければ。
京本が自分の漫画を読まなければ。
卒業証書を届けなければ。
京本を部屋から出さなければ。
美大へ行かなければ。

死なずに済んだのではないか。

「私のせいじゃん」

「なんで描いたんだろう」

それまで藤野にとって、描くことは京本との人生を始めたものだった。

なのに京本を失った瞬間、それがすべての原因に見えてしまう。

でも、京本は言っていた。

「部屋から出てよかった。藤野ちゃん、ありがとう」

ここが大切なのだと思う。

藤野は「私が京本の人生を狂わせた」と思っている。

でも京本自身は、藤野と出会って動き出した自分の人生を肯定していた。

藤野と出会ったから部屋を出た。
一緒に漫画を作った。
もっと絵がうまくなりたいと思った。
人と話せるようになろうとした。
自分の力で歩いてみたいと思った。

そして美大へ行った。

それは藤野が勝手に与えた人生ではない。

京本が自分で選んだ人生だ。

物語は、もしもの世界へ向かう。

もし、二人があのとき出会っていなかったら。

そこでも結局、藤野と京本は出会う。

そして京本が描いた4コマには、藤野の背中にツルハシが刺さった姿が描かれている。

そのタイトルは、

『背中を見て』。

ここで、今まで散らばっていた「背中」が一気につながった気がした。

京本が藤野のサインをもらったのも背中。

藤野が京本に「私の背中を見て成長する」と言った。

そして、もしもの京本が描いた4コマは『背中を見て』。

『LOOK BACK』。

もちろん、過去を振り返るという意味がある。

藤野は「あのときこうしていれば」と、何度も過去を振り返る。

でも、この作品の“BACK”は、それだけではないのかもしれない。

背中。

二人はずっと、お互いの背中を見ながら生きてきた。

亡くなった京本の部屋には、藤野の単行本がある。

漫画のポスターも貼ってある。

窓には4コマ。

美大へ行き、自分の世界を広げても、京本は最後まで「藤野先生」の読者だった。

そこで思い出される二人の会話がある。

藤野は言う。

漫画を描くのは好きじゃない。
読むだけにしておいた方がいい。
描くもんじゃない。

すると京本が聞く。

「じゃあ藤野ちゃんは、なんで描いてるの?」

藤野は答えられない。

でも、答えは最初から分かっている気もする。

好きだから。

好きじゃなければ、子ども時代のあれほどの時間を絵に捧げたりしない。

そして京本と出会ってからは、もう一つ理由ができたのではないだろうか。

京本が読んでくれるから。

「読みたい」と言ってくれるから。

藤野を最初に「先生」と呼んだ京本は、最初の、そして最後まで変わらなかった読者だった。

葬儀から戻った藤野は、一枚の紙を自分のデスクの真正面にある窓へ貼る。

何も描かれていない、空白の4コマ。

京本の部屋の窓には、藤野の4コマが貼られていた。

今度は藤野の窓に、空白の4コマがある。

まだ何も描かれていない。

これから描かれる漫画。

「なんで描いたんだろう」

そう後悔した藤野に、

「じゃあ、なんで描いてるの?」

京本の言葉が返ってくる。

藤野は答えない。

ただ、また机に向かう。

物語の冒頭で、

ずっと机に座って絵を描いているなんて、つまらなそう。

そう言っていた少女が、最後には机に座り、描き続けている。

描いたから、二人は出会った。

描いたから、京本は部屋を出た。

描いたから、藤野はもう一度絵に戻った。

二人で夢を追い、お互いの人生を動かした。

そして藤野は、描いたことを後悔した。

それでも、描く。

人生には、たった一人、自分を理解してくれる人がいればいいのかもしれない。

その一人との出会いが、ときに人生そのものを動かしてしまう。

藤野はずっと、京本に自分の背中を見ていてほしかったのだと思う。

もう振り返っても、そこに京本はいない。

それでも藤野は、また机に向かう。

京本との時間を背負って。

最初で、最後まで変わらなかった読者に向けて。

『LOOK BACK』。

それでも、私は、ここで描いている。


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