第2章 限界を超えるには 第2.2節
2.2 従来の光科学との決定的な違い[1]
ドレスト光子を考える際、「光を古典論的に扱うか量子論的に扱うか」という対比よりも、「光と物質が相互作用している空間がナノ寸法か?それよりずっと大きいのか?」と対比することの方がより本質的で必須です。そこで物質の寸法と光の寸法という視点からさまざまな光科学を概観すると図2.7のようになります。
この図でサブミクロン(1マイクロメートル〔千分の1ミリメートル〕以下)の寸法の物質の場合、光の寸法に注意すると、(A)ドレスト光子を用いるもの、(B)伝搬光を用いるものの二つに分けることができます。両者の違いは波数(波長)が確定しているか否を調べれば明らかになります。
Aにはドレスト光子が使われるので、波数(波長)が不確定となります。この場合には光の量子化のため1.3節に示した共振器を考えることができません。そのため、 新概念、新理論が必要になってきます。これが1.1節で述べた「光を研究する」ことが不可欠となる理由です。さらに重要なのはドレスト光子は光とナノ物質の相互作用の結果として発生するということです。これについては第3章で改めて説明することにします。
他方、Bの場合では波数(波長)が確定しています。その結果これらを応用する技術では物質開発やデパイス設計の際に普通の光を扱う波動光学でよく知られている分散関係[2] を使うことができます。この技術の例としてフォトニック結晶[3]、プラズモニクス[4]、メタマテリアル[5]などがあります。これらに使われる物質の寸法は小さいのですが、光は大きな寸法の伝搬光、すなわち普通の光です。
言わばこれらの例では伝搬光が小さな粒子に散乱される現象を使っているのです。いわば昔ながらの「粉体光学」です。散乱というのは光に対する物質の応答、反応現象です。上記の相互作用の結果を使っているのではありません。ここにAとBの間の本質的ギャップがあるのです。
後に3.3節で指摘されるようにドレスト光子の最大寸法は40ナノメートルです。この値が図2.7のAとBの境界です。従ってこの値より大きな物質、光を使う例、現象はドレスト光子とは無縁なのです。
なお、プラズモニクスという技術は欧米で古くからステンドグラスの発色に使われてきました。その原理にはもはや新しいものは含まれておらず、学術的な様相は含んでいません。今後はステンドグラス以上に使い物になる新しい応用技術を考案し、社会に貢献できるかどうかが問われています。
私はAの応用技術を1993年に提案してナノフォトニクスと命名しました。しかし最近ではBの技術をもナノフォトニクスと称してしまう傾向が見られるようになってしまいました。原理に基づかない安直な命名は困ったものです。科学の健全な進展には両者の違いを十分認識することが必要です。そのためには光とナノ物質はどのように相互作用しているのか?という本質的な問題に向き合い、それを解決しなければなりません。第3章ではこの解決ストーリーをご披露しましょう。
脚注
1 本稿は私が著者となり自費出版した「光科学技術革命 ドレスト光子はやわかり」―異次元の光技術入門― (丸善プラネット、2014年3月)の第2.1節の一部の文章と図を適宜アップデートしたものです。
2 分散関係---波の周波数を波数の関数で表した式のことです。これは光子、電子などの粒子の運動量(波数)の値とエネルギーの値の間の関係を表します。
3 フォトニック結晶---屈折率が光の波長よりやや短い周期で変化する物質を使う波動光学技術です。
4 プラズモニクス---金属の内部や表面付近の自由電子を伝搬光により集団的に振動させて使う波動光学技術です。
5 メタマテリアル---屈折率が入射光の周波数に依存し、ある周波数において負の値を取る物質を使う波動光学技術です。

補足説明
伝搬する光の波の空間分布を計算するために有限差分時間領域(FDTD)法という数値計算法もよく使われています。これは普通の光や電波を記述するマクスウェル方程式を空間・時間領域での差分方程式に展開して逐次計算する方法で、フォトニック結晶、プラズモニクス、メタマテリアルなどの波動光学の現象を解析するのに便利です。
しかしこれはドレスト光子のエネルギーの空間分布を計算するのには使えません。2.1節に記したように、ナノ寸法の領域では波数、波長が確定しないので、波動を扱うFDTD法は利用できないのです。さらにこの数値計算法では誤差の大きさの指標となる「逆作用素のノルム」と呼ばれる量を評価しなくてはなりませんが、FDTD法ではこの評価法が確立していないという致命的な問題があります。
第3章で説明するドレスト光子の理論はこのような問題とは無縁で、ナノ寸法領域における光と物質の局所的な相互作用を定量的に扱うことができる日本発の新しい理論です。
