御子母の惑星 第二部|第七章第四話|初音の言い分
大晦日になる前に、由良姫と宇羅彦は順調にケガレを祓っていった。
万里依と宇宙依は、現世の眼で少しでも正確に状況を把握するよう、精度を上げることに終始していた。
それが、祓いの現場での事故をなくす、自分たち「眼」の務めだと改めて悟った。
今まで由良姫、宇羅彦と一緒に行っていた祓いの現場は、本人たちに任せることにした。
「ほんまにごめんね。由良姫たちだけやのうて、東も西も視とらなあかん」
「もう俺の眼はバグっているっ!?」
眼を使うことの大変さは、眴がよく知っていた。由良姫と宇羅彦の移動は眴が行なっていた。
そこへ、狐のケンと浩徳が同行することもあった。
「由良ちゃんが内閣府の!? それやったら連絡してくれたら便宜図れるで」
浩徳の兄、柏木能隆は大きな街のある隣県の県警勤務だった。
必要とされている者のところへは、自然と人脈がつながるように仕組まれているのだろうか。
リストアップされた中で間に合わず、すでにケガレと変貌し規制線の向こうで祓われるのを待っている個体は、柏木能隆の手配で次々に案内され祓い尽くすことができた。
ケガレになった個体から、さたにケガレをもらっている可能性があることも説明した。由良姫と宇羅彦は、県警のケガレ対策本部に所属する者たちにも定期的な祓いを行うことにした。
東の方はもう雪が降っていた。年末には、爆弾低気圧が来て、祓いのための移動にも一苦労だった。
それは大那や虎雅だけでなく、現地住民にとっても同じことだった。
虎雅は大那と話し合い、対外的なことは引き受けてもらっていた。ところが意外なところで、大那のヤンキー時代の黒歴史が役立つことになる。
大那は北関東の、だいたいどこの県警でも顔と名前を覚えられていた。いったい、どんな暴れぶりをしたらそうなるのだろう。
それが縁で、今は真面目に内閣府のケガレ対策特別捜査官だと知れると、諸手を挙げて協力してくれるようになった。
お陰で、こちらもやはり、順調に祓いが進んでいっていた。
夜毎、大那と虎雅の二人と、宇羅彦はリビングで楽しそうにビデオ通話をしていた。
ただ、西の二人、初音と凛華は思うような成果は上げられていなかった。
「どないしよ。なんや、初音ちゃんとこが……叔母さんが高校生だけで祓いに行かせるなんてって。めっちゃ反対してはるって、初音ちゃんから連絡あって」
凛華は、自分は母親が理解あるから大丈夫だが、二人一組でなければ迷惑をかけると聞いて我慢していると言っていた。
「西の首都なんて、新幹線ですぐやし、うちと一緒に回ろうか」
「ほんま!? めっちゃ嬉しい!!」
その話を眴にすると、車で行って各所移動した方が効率がいいという話へ広がった。結局、由良姫、宇羅彦、浩徳、狐のケンと、いつものメンバーで向かうことに決まった。
「お母さん!! 藤吉のとこが、みんなで来てくれはるって!!」
「ほんまに、それは良かったねえ。どないしよ、一日じゃ済まへんでしょう。うち、狭いけど泊まってもらおか?」
「うん、聞いてみる」
大晦日へのカウントダウンも始まっていた。朝から由良姫たち全員は西の首都へ向かっていた。
凛華の家は中古とはいえ三LDKのマンションだった。出迎えてくれたのは、鹿野神言葉と猪野神駆成夫妻と凛華だった。
猪野神駆成はやはり考えることは似ているようで、戦人の里を出てからは警察内部の組織でケガレ専門の部署へと勤務するようになっていた。
「いやあ、ほんま、懐かしいわあ。あの頃、里にいた人と会うこともありませんし、御子姫様はいかがお過ごしでした?」
「狭いですが、この時期ホテルもいっぱいでしょうから、うちへ泊まっていって下さい」
なんやかやと、凛華の父親も祓いの準備はしていてくれたようで、到着後すぐ、すでに起きてしまった事件現場へ凛華とともに案内してくれた。
規制線の近くに来ると、ケガレをもらいやすい体質の人もいるようで、すでに蝕を起こし始めている人が行き交う。
「これは来て良かったですね。ケガレになったものを放置してはいけませんね」
「由良姫、わからんように広範囲で祓いかけるで」
「ウーちゃん、了解。凛華、広範囲で術ってかけられる?」
「やったことないけど、やってみる。教えて、由良姫」
三人は、市内の中心部で規制線が張られていた現場の祓いを終えると、四方約二キロの範囲内でケガレ祓いの術を発動させた。
こうして初日でほぼほぼ市内の規制線の現場は祓い尽くされた。念のため、人通りの多かった場所は広範囲で術をかけて回った。
「ほんま、お疲れさんでした。お風呂もあがって下さいね。今夜は牛鍋にしたさかい、たんとおあがり下さいな」
宇羅彦は初めて食べる鍋料理に、美味いを連発していた。
「問題は、今後の発生予測をどうやって処理するか、やな」
ひとしきり食べた後、宇羅彦は言いにくいことをサラッと出してきた。
それを受けて、由良姫も凛華に向かって話しかけた。
「万里姉から初音に言ってもらえば? 無理なら無理で、うち来るし」
「そんなん、由良姫しんどいやん。それにな、うち、ほんまは初音と一緒がええねん」
子供たちのやりとりを聞いていて、母の言葉(ことは)が声をかけてきた。
「何かあったん? よかったら、お姉ちゃんに聞いてみよっか?」
「初音がな、叔母さんから祓いに出るの反対されてるらしいんや」
言葉は席を立ち、電話をかけに行った。そして戻ってくると、驚くことを言った。
「そんなことないみたいやで、なんや今も祓いに出てるらしいし」
「ええーっ!! うっそお!!」
凛華をはじめ、全員が驚いた。眴は一瞬にして、渋い顔になった。
「あいつ、二人一組のルール無視しとる。ヤバイで、あいつ蝕が見えんくせに!!」
「万里姉に連絡しよっ!!」
凛華が、電話をしようとした由良姫を止めた。
「ちょっと待って! ルール破ったんわかったら、初音はどないなるん!?」
浩徳が持ってきていたリストを見ながら、今夜の予測先を読み上げた。
「初音の性格やったら、場所よりもグレードや。一番難しそうなとこ、どこですか?」
「グレードBやで、さすがにそんな無茶はせんのとちゃうか? あとはEとDや」
「いや、初音やったら絶対B選ぶ。うちにはわかる。B行こ」
凛華が迷わず言い切った。
初音は今日一人で出かけるにあたって、念入りにバッグの中身を確認した。着ていくものも、行く先のホテルが一流ホテルなので、それなりの格好をした。
初音はそういうところをどうしても気にしてしまう。
身分証、携帯電話、祓いに必要なもの。何度確認しても不足はなかった。
そもそも、これまでの祓いで初音が凛華に助けられたことなど、そう何度もない。いつも状況を見て、判断し、先に動くのは自分だった。
二人一組という決まりも、安全のためなのはわかっている。けれど、自分にはできる。そう思っていた。凛華を危険な場所へ連れていかなくても、自分一人で済ませられるなら、その方がいいではないか。
そう考えれば考えるほど、あの会議で感じた胸のざらつきにも、もっともらしい理由がついた。
凛華が悪いわけではない。
ただ、何も聞かされていなかったことが嫌だった。自分だけが知らず、皆の前で初めて知った。それが、どうしても引っかかっていた。
初音は携帯を開いた。凛華からメッセージが届いている。
〈初音、今日どうしてる?〉
しばらく画面を見つめ、そのまま閉じた。
一件だけ。
一人できちんと祓って帰ればいい。そうすれば、何も問題はない。
初音はコートを羽織り、家を出た。
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