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霧島 第1章「待ち人と橘」

宇宙人がいつ来てもいいように、霧島で待ち続ける。
それが私の仕事だ。
いつ来るかも分からない宇宙人を待ちながら、私は以前働いていた橘のことを思い出す。
霧島に着いたのは午前八時
朝食を食べる習慣がない私はなぜかここ最近はパンとコーヒーを口にして霧島に出かける。
霧島はさほど自宅から遠くはないのだがマイカー通勤をしている。
といっても霧島に行くための交通手段としてはマイカー以外にない。
路線バスも電車も走ってはいないのだから。
それ以外といえば徒歩か自転車ぐらいだ。
たまに乗り合いで出かけることもあったが、帰りの時間がみんなばらばらということもあって、しばらくしてその乗り合いもみんなの意見でやめることにした。
霧島での私はとくに何もすることがない。
なぜなら、私はそこでひたすら待ち続けるのが仕事だからだ。
何を待っているかというと宇宙人だ。しかし、いつ来るのかはわからない。
もしも宇宙人が突然やってきて案内をする人がいないと困るということで私はいつ来てもいいようにひたすら霧島で待ち続ける。待ち人だ。
そうたびたび宇宙人が訪れて来るわけではない。
本当は一度も会ったことがないし、本当にいるのだろうか?とさえ思う。
だが、前任の三枝さんの話では結構気さくに話しかけてくれるし、そんなに気を張らなくても大丈夫だ!宇宙人っていっても我々とはそう姿形は変わらないからと話を聞いていた。

私は霧島に着くと、亜古部(あこべ)という籾殻に火を入れる。
それが、宇宙人との交信に必要なんだ!と前任の三枝さんから聞いていた。
かならず、毎朝9時に亜古部の籾殻に火をつける。いいかい!
三枝さんは亜古部の籾殻もいいが、本当はかにの甲羅を3日ばかり干してからすり鉢ですった粉末を亜古部の籾殻と混ぜるのもいいと教えてくれた。
交信になぜ亜古部の籾殻が必要なのかも三枝さんが言うかにの甲羅の何がよいのかもわからないけれど、三枝さんはかにの甲羅を混ぜるほうが宇宙人の来る確率があがるんだよ!
と満面の笑顔で私に言った。
実際に私はそれで宇宙人が来たからね。と肩で風をきるようにしてから得意げに笑みを浮かべる。
その事もあって三枝さんは定年になるまで亜古部の籾殻にかにの甲羅をまぜ続けたと言う。結局、それ以降は一度も現れなかったと、うつむき残念そうにしていた。
しばらく思いにふけ黙り込む三枝さん
うつむきながら唾を飲み込むとゆっくりと顔を上げて私の目を見つめて再び話し始めた。
君にも何かきっと確率を上げる良い物を探し出せるはずだ!
私の本心はどうでもよかった。
ただとりあえず、その場の流れではいと返事をした。
しかし、基本は亜古部の籾殻だ。
いいね。
それにプラスαを君で生み出してくれ!
私に教えてあげられるのはそれぐらいのものさぁ
とにもかくにも待つことの多い仕事だ!
だけど、やりがいも見つかるはずだから!
君だけのオリジナルの交信!楽しみにしているよ!
三枝さんからの引継ぎはそれだけだった。
そして私は今に至るのである。

5年前、私は15年勤めた橘を辞めた。
橘での仕事は、水をこぼさずに運ぶことだった。
左右に広げた私の両手には、なみなみと水が入った桶がぶら下がっている。
その水面は表面張力でなんとか桶からこぼれずにピタリと納まっている。
その水を私が向山さんの給水タンクに運ぶ。
それを私は15年日曜と祝日以外は毎日こぼさず運んだ。
いつのまにか橘から向山さんの給水タンクまでの間にはあぜ道ができた。
15年間私が向山さんの給水タンクに水を運んだ汗と涙の結晶というものだろう。
15年の間に私は実際には2滴ほど水をこぼしたことがあった。
だが、それはこぼしていないと、突っぱねた。
いま思い返せばいい思い出だ。

あれは橘での7年目の時のこと、それまで一滴も水をこぼしたことのない私
小山内が私の運ぶのを邪魔したからだ。
同僚の柳井と言う男も私と同様に水をこぼさず運ぶのが仕事!
比較的足元の良いロケーションを担当していた柳井ではあったが、運び先の小山内が意地の悪い性格のため、何度も水を運んでいるところを邪魔される。
小山内は柳井にわざとぶつかり肩を揺すったりして水をこぼさせようとする。
そして柳井が水をこぼしたのをいいことに水をただにしろと言う。
気の小さい柳井は小山内にすみません、すみませんと繰り返す。
その態度が小山内をさらに調子づかせ、傲慢な態度をさらに傲慢にする。
おい、お前!こんなに水をこぼしたのだからお金は払わんからな。
柳井も言い返せばいいのに。その言葉にはいとだけ答えるだけで、言い返す言葉が浮かばずにいると小山内は高笑いをして、残りはきちんとこぼさずに給水タンクに補充しろよ!そう言って奥の部屋へと入っていった。
私と同期ということもあって何度となくその話を柳井から聞かされていた、だから私は柳井に提案をした。
柳井、お前が本当に小山内に言い返せないのであればこれからもずっと永遠に小山内はお前に同じようなことを繰り返してくるぞ。
グラスに軽く口をあてて柳井は少し水をのみこむと私のほうをみて
わかっている。でも仕方がないんだ。
言い返そうと思ってもなかなか言い出す勇気がわかないんだ
その気持ちはわかるよ!
誰だってそういうところはあるし俺だってそうだ。
柳井!俺からの提案なのだが、どうだろう?
俺とお前のロケーションを変えてみてはどうかな?
そんなこと、させられるかよ
柳井は私に対して申し訳ないと思ったのだろう
グラスに目を落としながら静かにまぶたを閉じて
悔しいよ!本当悔しいよ!全部あいつが悪いのに
俺はそれをただ黙ってあいつの言いなりだ!
本当は俺この仕事向いてないかもな。
鼻をすすり悔しがる柳井を横目に私は昔の柳井を思い出した。
橘での柳井の仕事ぶりは周囲から一目置かれる存在であった。
柳井は軽快に水をこぼさず水を運ぶ。
足元の悪いところでも柳井はオリジナルステップを踏んで難なく水をこぼさずに運ぶ。
同僚・先輩・後輩も、柳井はすごいと口々に言っていた。
一時期は柳井のステップはキラーステップとよばれそれをまねしようと後輩たちが柳井のステップをまねしたがったものだ。
しかし小山内の件以来、柳井からはそのステップは消えてしまった。
だから、私はあの頃の柳井にもう一度戻ってほしいと言う思いでそう提案した。

柳井は閉じていた目を開け、のどを鳴らして唾を飲み込むと、私のほうを向いた。
本気で言っているのか?と私に聞いた。
私はそれで柳井が以前のようなステップを取り戻せるならと言う思いで当たり前だろ
俺たちは同期だし同僚だろ!困ったときはお互い様だ!といって見せた。
柳井はうつむき小さな声で、すまんとだけ言った。

翌日から私と柳井はロケーションを交代した。
いつものように小山内は柳井が来るのを心待ちにしている。
しかしいつもとは違い私が来たものだから、小山内は、おい!お前いつもの奴はどうしたんだ。
私が素直に交代したんですと言うと
小山内は勝手に俺の知らないところで交代するな、そう言う事は前もって言ってもらわないと困ると怪訝な顔をして私に言った。
私はそんな小山内の言葉を無視して水を運ぶのには変わりないですから、とさらっと言うと、何を生意気なこと言いやがってふんどうせお前も水をこぼすだろうよ!
その後に鼻息を荒くして突然小山内は私の肩を両手でわしづかみ勝手に交代するなよな!おい!勝手に交代するなよなと私の体を揺すり始める。
私は橘で7年間足元の悪いロケーションで鍛え上げられた体幹でどんなに小山内に体を揺らされても水をこぼさず運ぶ自信があった、しかし私がバランスを取ろうとふと右足を前に出そうとした瞬間に視線の先にバッタが飛んできたのだ。
私は瞬時に踏まないよう気をつけて体幹に力を入れて左足で踏ん張った。
その踏ん張った反動で桶の表面張力でかろうじでこぼれずにいた水が波立った。
表面張力を超えた水は波立ち2滴ほど飛び上がり乾いた地面に落ちたのだ。
小山内はそれを見過ごさなかった。
おいお前!大失態だな!
ははは大失態だな!
こんなに水をこぼしやがって俺は金を払わんからな。
小山内は私をにらみつけてざまぁみろと言わんばかりにあごをしゃくりあげた。
私はそんな小山内の得意顔をみて少しおかしくなった。
だから、私は笑顔で小山内さん、私は水を一滴もこぼしていません。と言って見せた。
なにを言ってんだお前、この地面のしずくをみろ濡れてるじゃないか!
これはお前が私の目の前で水をこぼした証拠だろ!
いいえ違います。小山内さん。
小山内さん私の顔をよく見てください。
お前の顔?なんでお前の顔なんか見なければいけないんだ。
そんな汗だくの汚いお前の顔など俺は見たくない。
そうなんです小山内さん!私は顔も体も汗だくなんです。そしてこの地面の水滴は私の汗の痕なんです。
そういうと小山内は怒り出してうそをつくなと言い出した。
口から出任せ言いおって。口から出任せ言いおって。
と小山内は詰め寄ってくる。
私は持っている桶の水をこぼさないようにもう一度、体幹に力をいれて
小山内に向かって。強い口調で
口から出任せではないです。それならばその地面の土をなめたらどうですか!きっとしょっぱいはずですよ。
何を!お前!俺を馬鹿にしてるのか!
この俺に地面をなめろというのか!
そうです
お前がなめて確かめろ。
しかし私が確かめてしまうと必ずしょっぱいといいますよ。
だってこの地面の水滴は私の汗なんですから。私はしょっぱいといいますよ。
だから、小山内さんが確かめるのが間違いないですよ。
さぁ小山内さん確かめてみてください。
私の前でその土をなめてしょっぱいかたしかめてください。
小山内は今にも爆発しそうなぐらいに顔を真っ赤にして
うるせぇ!うるせぇ!といいながら地面の水滴を靴底でかき消した。
二度とお前のところに水を運んでもらわんからな
わかりました明日からはこちらには伺いません。
もうひとつ私からというよりも橘からでもあるんですが、前の担当者、実は私なんかくらべものにならないくらいに汗かきなんです。

小山内さんもご存知ですよね。
報告書をみると小山内さんの前で大量に汗をかいたと報告がありました。

それと小山内さん支払いが未納になってることが多々あるので、こちら
請求させていただきますね。
ちょっちょっと待てそれはお前
あいつが水をこぼしたからだ、
小山内さん私はそれを見ていませんからそれにたいして何を申し上げていいかわかりません。
いまさらですけど、前任が水をこぼしたという証拠はどこにもないですよ。
それよりも前任は汗かきですから、大量に地面に汗をこぼしていたかもしれませんよね?
小山内さんそのときにしょっぱいか確かめましたか?
きっとその地面はまじめに水を運んだ前任の汗がしみこんだとってもしょっぱい味がしたはずですよ。
私は小山内の胸ポケットに今日までの分と柳井が担当していた分の請求書を押し込み、27日までに振り込んでくださいと言った。
それじゃ!といって小山内の家を後にした。
しばらく歩いてから私が後ろを振り向くと小山内はまだ同じ場所に立っていた。
握りこぶしを作り、これ以上ないくらい顔を真っ赤にして仁王立ちしている小山内がいた。
私はそれをみて笑いだしそうになったのをこらえて。肩だけで笑った。

そんなことを思い出しているうちに、午前9時を過ぎていた。
亜古部の籾殻に火を入れてから、私は特に何もすることがない。
この仕事に就いてから、それはいまだに変わらない。
* * *
次回「サヌリ人とサメ」前編。
亜古部に混ぜる自分だけの交信を探すうち、私は橘で聞いたサヌリ人の話を思い出す。


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