🇦🇺【大学院留学記①】海外で気づいた、言語と性格の不思議な関係。
初対面でオープンになれるのは英語を話すときだった。
オーストラリアの大学で、日本語も英語も堪能な人たちに出会うことが多々ある。現地で生まれ育ったが、日本にルーツを持つ学生など。そういう場面では、日本語より英語で会話をしたいと感じる。
紛れもなく母国語は日本語で、第一言語も日本語。
それでも、英語を話しているときの方が少しだけ自信が持てる。初対面でもオープンに話しかけやすく、会話が続く感覚がある。日本語では、言葉遣いを考えすぎて動きが鈍くなる。特に初対面ではこの感覚が強く、日本語で戸惑う自分があまり好きではない。
「敬語で話すべきか」「タメ口が出たかも」「偉そうに聞こえないか」
頭の中ではそんな思考が渦巻く。初対面で繰り広げられる会話はとても表面的で、深い会話がしにくい気がする。
この感覚について調べていると、「言語による性格の変化」という説をよく目にする。自分としては、根本の性格が変わっているわけではないと思っている。ただ、第二言語を使うと、母語で身につけた社会的なしがらみ(敬語や上下関係、暗黙の気遣い)から一時的に解放され、自己表現が軽くなり、社交的な一面が出やすくなるのかもしれない。
この現象を意識するようになってから、人間関係の作られ方も少し違うのかもしれないと思うことがある。
自分は友人が少ない方だ。SNSでつながる日本の友人や知人は多いものの、帰国して会ったり、月に一度状況を報告し合ったりするのは片手で数えるほどしかいない。
それに対して、オーストラリアで出会った友人たちとは、わずか数か月の交流だったにもかかわらず、2年経った今もグループチャットで誰かがふと話し始めたり、ビデオ通話で集まったりしている。
これも、言語による自己表現の変化が関係しているのか、それとも単なる偶然なのかは分からない。
大学院生活が始まってから、日本文化に関心のある学生と話す機会が増えた。
よく聞かれる質問のひとつがある。
“Which language do you feel more comfortable to speak in?”
(どちらの言語で話す方が心地いい?)
以前は迷いなく「日本語」と答えていた。
最近は、「難しい質問だね」と返すことが増えた。興味を示す相手には「今は英語で話す方が気楽で、楽しいんだ」と話す。
海外にいたいという気持ちは、この感覚に支えられているのかもしれない。
