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『日日平安』といこう 

人生の教訓に出会ったのは
ちょうど去年の冬頃だ。

身軽なダウンを着て病院を行き来していた頃
山本周五郎の『日日平安』を読んだ。

何もかもに絶望しつつあった私は
物語にも、その題名にも感動して
人生の教訓としようなんて心の中でほざいた。

母が倒れて入院した頃
同時に父の様子が気になった。

中々ICUから出られない母をみて
絶望してはいられない
どんな神様にでも縋って助けたい。

その一心で、疎遠だった父の様子をみにいった。
徳を積もうなんて安易なことを考えながら
私は必死だった(どんな神であれ土下座できた)。 

扉を開けると「はい〜」なんて調子でいる。
かなり痩せ細っているが、いつもの感じで
ヘルパーさんにお使いを頼んでいる。

私は内心少し怯えていたかもしれない。
厳しくてすぐカッとなる父を思い出していた。

でも、今の姿はか細い声でなんだか折れそうで
怖くも何ともなかった。

「ちょっとトコロテンがなくて、季節がら無いみたいです」 
とヘルパーさんが恐る恐るいう。

(でた!相変わらずのトコロテン)

手元にはびっしりと書かれた買い物リスト。
(おなじみのやつ)

「そんなことないです!探せばありますから!」
と、カッと目を見開いて話す。

(うわぁこの光景見覚えある)

母親にもこうやってお使いを頼んでいたな(嵐の日も)。

そういえば、母はゴボウと間違えて
キリタンポを買ってきたこともあった。
(普通はありえないが母には普通)

そんなふうに基本的におっとりして
何も考えてない母だ。

こんな神経質な父とうまくいくはずがない。
(誰がうまくいくんだ)

私も昔はよくわからないタイミングで
ブチギレられていたので
会うのは少しトラウマだった。

父と神経衰弱をしたときを思い出す。
一枚もカードを引かせてもらえず
買ったばかりの大好きなキャラクターのトランプが
涙で滲んで見えた。

「おまえ、またわからないの?バカだねえ」
とからかいながらどんどんひっくり返す父。

私は悔しくて悔しくて泣いた。

なんか最後は、仕方ねぇなみたいに言われて
数枚だけ引かせてくれたが
それが余計腹立たしかった。

それからそのトランプは押入に閉じ込めた。
5歳だぞふざけんな。

そんなことを思い出して居た堪れなくなり
ヘルパーさんにすかさず
「大丈夫ですか?ああやって細かいと大変ですよね」
と私が聞くと、

「いや、本当に優しいです、一番優しいくらいです」
なんてことを言う(流石にお世辞すぎる)。

ヘルパーさんが帰って
部屋の中で父と二人になる。
何年も話していない父だ。

すると父は突然、堰を切ったように話し出す。
私の思い出話やら名前の由来やらをとめどなく。

いつか言おうと思っていたのだろうか。
今考えてみると
記憶が曖昧になり話せなくなる前に
話し尽くそうとしているみたいだった。

思うと、遺言だったのかもしれない。
父は息をするのも困難なくらい弱っていた。

その時、私はなぜかわすれちゃいけないと
話をノートに書き写しながら
知らぬ間に涙が溢れていた。

「あぁ〇〇くんで思い出すのは、中学の時だったな、朗読の発表会で〇〇くんの発表は実にすばらしかった、一番上手に読めていて、見ていて誇らしかった」

まるで走馬灯をみているように
少し上を向いて目を瞑りながら話している。

そうしている時、私はテーブルの横に
『日日平安』をみつけた。

「あっ!これ最近読んだ本だよ。人生の教訓にしようと思ったやつ!」
と私がいうと、

「あぁそう、じゃああらすじ話してみて」と父がいう。

昔の癖で、私は少しビクッ!とした。
父の前で何かを説明するときは簡潔に話さないと
叱責を受けたり、小馬鹿にされる。
そんな記憶が蘇った。

「おまえ、もっと端的に話せ。」
「そんなの言わなくてもわかる。どうせあらすじは〇〇だろ?くだらねぇ本読んでんな。」
なんて言われた。

確かに、その時私は安易に
自己啓発もどきの本に手を出していた。
(なんか、ラッキーみたいな題名のやつだ)

「おい!これ読め」
父は私に『高瀬舟』をすすめてきた。

学校の読書時間に一人で『高瀬舟』を読んで
とんでもなく落ち込んだのを覚えている。
(休み時間に顔が真っ青だった)

そして、読書感想文のテーマは
「安楽死について」だった。

うわぁ、暗いを通り越している。
(中学生にそんなことを考えさせるなよ)

でもその後、小論文の模試で私はすかさず
『高瀬舟』を交えて安楽死について問う論文を書いたら
なぜかトップクラスの成績を取った。

よく母は父の趣味について
「なんでもかんでも暗いんだよ」
と投げ捨てるように言った。

好きな映画は『飢餓海峡』。
その時は幼いので、うわぁ暗そうと思った(名作だわ)。

そんな父を思い出しながら(どんな父だよ)
私は辿々しくあらすじを語りだした。

頭が真っ白になりながら
すごいおバカな口調で、

「なんか〜、あの、お腹めっちゃ空いてて〜わざと切腹するふりしてなんとか食にありつこうとしてる浪人が〜」
「お家騒動の渦中の若侍に出会って、それを解決して平和になるみたいな………」 
「ごめん、あとわすれた」

「ほぉ、そうか」
さてはこいつ、読んでないな嘘つきめ 
という顔をしていた。

というか
多分あんまり聞いていなかった(目を瞑っていたし)。

同じタイミングでこの本を読もうとしていた父に
やはり親子なんだなと感じた。

私はその後、この『日日平安』と言う言葉を
父が療養施設に移ったときに 
贈った花に添えた。

何事もなく平穏無事でいられるよう
そう願った(作中では違う意味かも)。

神経質で人とうまくいかない父親が
生き辛かったであろう父親が

人生の最後にこの言葉と出会ってくれたことに 
私は何だか山本周五郎に感謝したくなった(何様だ)。

父は本当は心の優しい人で
愛情表現がうまくいかないだけの
不器用な人だったのかもしれない。

今となってみると
思い出される口癖や行動の一つ一つが
とんでもなく面白かった。

幼少期はビクッ!となる存在だったが
久しぶりに会ってみての父の感想は
「天然記念物」だ(こんな面白い人はいない)。

きっと天国で日日平安と暮らしているだろう。

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