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上司部下シリーズ/小さなズルが職場を割っていく【第4話】注意は「感情」ではなく「事実」で伝える

【これまでのあらすじ】
東条テクノロジー品質管理課。
出荷判定を担うこの部署では、始業前の数分がライン全体を左右する。

だから全員が8時55分には揃う。
それが暗黙の了解だった。

しかしある朝、沢村が9時3分に出社する。
タイムカードは押さず、後で「9時」と手書き。課長は止めない。

「たった3分」

その小さなズレは昼休憩にも広がる。
13時始業に戻らない沢村。
誰も注意しない現場。

助け合いは減り、沈黙が増える。
壊れ始めたのは時間ではなく、「みんなが同じルールで動いている」という信頼だった。

この問題は、月例打合せで共有された。
事実を確認すると、それは明確な就業規則違反だった。

悪意ではない。だが、基準が使われていない。
止めなければ、それが当たり前になってしまう。

問題は、「数分」ではない。
信頼という地盤が、少しずつ崩れ始めていることだった。

では、どう止めるのか。
第4話では、具体的な対応と、その順序に踏み込む。



私は、話を続けた。
説明というより、確認に近かった。

「初回の違反は、その場で、口頭で注意します」
「淡々と、事実だけを伝えます」
「そして、注意をした記録を残します」

品質管理課課長の田中は、少し戸惑った顔をした。
「……その場で、ですか。あとで呼び出して、別室で話すのではなく?」

「はい」 私はうなずいた。

「遅刻を見たら、その場で」
「打刻していなければ、その場で」
「昼休憩から戻っていなければ、その場で」

田中が息を呑むのがわかった。
「でも、他のメンバーも見ている前で注意するのは、彼のプライドを傷つけませんか。公開処刑みたいにならないでしょうか」

私は、あえて少し厳しい声で返した。
「田中課長。ルール違反は、みんなの前で堂々と行われているんです。
それなのに、注意だけをコソコソと裏でやるのは、おかしいと思いませんか? 」

「目の前の違反を見逃さないこと。
それがこの職場の基準だと、全員に示す。
それも、管理職としての重要な仕事ですよ」

三浦の、静かにメモを取る手が止まった。

「もし、また同じことがあったら、」
私は、少しだけ間を置いた。

「同じように、その場で、口頭注意をします」
「ただし、二回目です。今度は、書面でも注意します」

田中は、何も言わなかった。
顔色が、少し白くなっている。

「書面には、難しいことは書きません」

私は続けた。
「何時に来たか」
「始業時刻は何時か」
「それが、ルール違反であること」

「そして、次に同じことがあれば、就業規則上、懲戒の対象になりうること。それだけです」

田中は、ゆっくり息を吐いた。

私は、強調しなかった。
ただ、確認するように言った。

「大事なのは、毎回、同じ対応をすることです」

「一度見逃すと、次も見逃します。次も見逃すと、もう注意できなくなります」
「見逃すことは、その違反を認めたことと同じなんです」

会議室の空気が、少し重くなった。


私は、鞄から一枚の紙を取り出した。
A4一枚の、注意指導記録だ。

派手なものではない。
必要なことだけが、並んでいる。

  • 日時

  • 行為

  • 就業規則該当箇所

  • 指導内容

  • 再発時の対応

  • 本人確認

私は言った。
「この項目通りに書いてください」
「評価も、感想もいりません、事実だけです」

『9時3分に入室しました』
『始業時刻は9時です』
『これは遅刻です』

「それだけを、落ち着いて伝えます」

三浦が尋ねた。
「サインを拒否されたら?」

「拒否した、と備考欄に書きます」 私は即答した。
「サインは、同意ではありません。指導をした事実の確認です」

田中は、少し安心したようにうなずいた。
「……分かりました。やります」

私は、それ以上言わなかった。
言い切る必要は、もうなかった。


会議の終わり際、篠原は、机の上のA4を見ていた。
(これなら、感情じゃなくて、事実で話せる。
ずっと震えていた自分の声が、次はまっすぐに届くかもしれない。)

今まで、「遅刻ですよ」と言えば角が立つ気がしていた。
「ルールを守ってください」と言えば、責めているようで怖かった。

でも、この紙にある「事実」を埋めるだけなら、私にも課長を支えられるかもしれない。

会議室を出るとき、田中が篠原に声をかけた。
「篠原さん、一緒にやってもらえるかな。
僕が注意するとき、記録の補助をお願いしたい」

篠原は、少し迷ってから、うなずいた。
「はい」

不安は、まだある。
本当に変わるのか。
課長は、ちゃんと注意できるのか。

でも、何もしないままよりは、ずっといい。


翌朝。9時3分。
沢村が、いつものように入ってきた。

「おはようございまーす」

その瞬間、田中は、デスクからスッと立ち上がった。

篠原は、その背中をじっと見つめていた。
今度こそ、何かが変わるかもしれない。


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