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#076 『内省と価値観と時々冗談』について

この一年、人と話す機会が減った分、自分と話す時間が増えました。
その中で、感情の裏側にある『価値観』や 他者との『距離感』について
いろいろと気づくことがありました。
今日はそのことについて書き留めます。


「なぜ苛立つのか」、「なぜ嬉しいのか」

この感情を辿っていくと、そこには必ず自分自身の
『価値観』というものがあったように思います。

出来事 → 自分の価値観 → 感情が出る


『価値観』が違えば苛立ち、『価値観』が重なれば嬉しい。

そう思って周りを見渡すと、他人の『価値観』の違いも
『面白い(興味深い)』と感じられるようになりました。

最近の討論番組を見ていても、
片方は論理で語り、片方は感情で訴えている。

まるでスイカ割りのように目隠しをしたまま、
双方が違う方向をむいて棒を振り回しているように見えます。

だから話がかみ合うはずもなく、番組が中途半端で
終わってしまうことが多いのだと思います。


以前の私は、良かれと思って、相手の状況を勝手に想像し、
「こうしてみれば」とか「こう考えてみたら」と
口出ししていました。

ですが、求められてもいないアドバイスほど
「ありがた迷惑」なものはありません。

自分が悩んでいるときに、
「こう考えれば楽になるじゃん」って言われたら、
自分も「うざいな~」と感じていたはずなのに…

この矛盾に、いまさらながら相手に対して
申し訳なさが込み上げてきます。🙇

本来、相談を受けたときは、相手が見ている景色を
映画館のスクリーンに映し出し、一緒に眺めるような、
そんな距離感でよかったんじゃないかと思います。

なのに、私は、他人のドラマに土足で踏み込み、
「ああしろ、こうしろ、小泉進次郎……」
と、勝手に指示を出していたのです。
猛省しかありません。


よく「一人は孤独じゃないですか?」と言われますが、
このように自分と対話する時間が多いので、
全然そんなことはありません。

自省するには充分すぎる会話ができるので✋
むしろ、やかましいくらいです。

でも自分との会話は、翌日にはすっかり
忘れてしまっていることもしばしば💦

だから、こうしてnoteに書き留めています。
あとから読み返せば、いつでも思い出せますから。

最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。