❹似たような人、いっぱいいるよね」問題 〜自分だけの世界観づくり。
ある日ふと、自分のやってることを
俯瞰して見てみたら、
「あれ?これって、すでに誰かがやってるやつじゃん?」って、ズンとくるとき、ない?
わたしは、ある。
もう何度もある。
しかも、その“誰か”のほうが
ちょっとおしゃれだったり、
発信がうまかったりすると、すぐ
「うん、終了〜!はい、わたしの出番ナッシング!」
って自信のバケツを倒して水浸しになるタイプ。
特にね、「カフェと手帳とやさしい暮らし」系って、
なんかもう界隈ができあがってる感じするじゃない?
おしゃれな写真とともに、「今日も手帳タイム☕」って投稿、すでにいっぱいあるし。
だから、「わたしがやっても意味あるのかな〜」って、ふっと思っちゃうのよね。
でもさ、ある日ふと、友達と話してて気づいたの。
「いや、待って?“似てる”ってだけで、
同じじゃないよな?」って。
たとえばカフェひとつとっても、
わたしが落ち着くのは照明暗めのとこ、
あの子はガラス張りの明るいとこ。
手帳だって、わたしはA6の1日1ページ派、
あの人はバーチカル派。
やさしさの感じ方も、だれかを励ますメッセージを書く人もいれば、静かに「だいじょうぶだよ」って隣にいる感じの人もいる。
で、それがいいんだと思う。
「似てるようで、ちょっと違う」。
それこそが、“わたしの味”になるんだって。
だから最近は、「あ、この世界もう誰かがやってる」
って思っても、
そのあとにそっと、
「…でも、わたしがやったらちょっと違うかも?」
って付け足すことにしてる。
これ、地味に効く魔法です。
おすすめ。
空気感って、マネできないんよね。
伝わる言葉、にじみ出るトーン、選ぶ色や間合い。
それってもう、人格とか感覚そのものだから、
かぶりようがない。
誰かのあとに続くように見えても、あなたがやると、ちゃんと“あなたのもの”になる。
だから、大丈夫。
むしろその「ちょっと似てるけど、ちょっと違う」
って絶妙さに、救われる人もいるはず。
「似てるかも…」ってしょんぼりしたときは、
「だけどわたしにしか出せないやさしさってあるんだ」って思い出してみてね。
それが、“わたしブランド”のはじまりかも
しれないから。
ミリー
