並べてみたら、私だった
「あなたは、どんな人ですか?」
そう聞かれると、今でも少し固まる。
おっとりしているように見えて、でも、そうでもなくて……。
たどたどしく説明しているうちに、質問の意図からずれている気がしてくる。
相変わらず、語尾は小さくなっていく。
「自信がないからかな」と思ったこともある。
でも、それだけではない気がしていた。
もしかしたら、うまく説明できないのには、別の理由があるのかもしれない。
そんなことを考えていた頃、ふとアルバムを眺めていて、着ている服に目が留まった。
いまも変わらずに着ている、お気に入りのブラウス。一方で、あの頃はよく着ていたのに、もう手元にない服もいくつかある。
「長く大切に使うこと」と「変化を楽しむこと」。
一見すると反対のような二つが、どちらも自分の中にあることに気づいた。
そんなふうに考えてから、身のまわりにあるものを、少し違った目で見るようになった。
*
よく読む本。一緒に過ごす友達。
クローゼットに並ぶ服。
眺めていると、気づいていなかった「自分」が残っている。
ある日、並んだ背表紙をふと眺めたとき、暮らしの本ばかりが残っていることに気づいた。
どんなふうに暮らし、何を大切にしているのか。
そんなことが綴られた本が、気づけば手元に集まっている。
日々のささやかなことに心の拠り所を求めたり、人やものの背景に惹かれたりするのは、きっと昔から変わらないらしい。
一緒に過ごす友達を思い浮かべると、グイグイ前へ進む人が多い。
引っ張ってもらうこともあれば、話を聞きながら、その人の中でぼんやりしていたものを一緒に言葉にしていることもある。
そんな会話が、昔から自然と多い。
クローゼットを開くと、何年も着ているお気に入りのブラウスとワンピースがある。
でも、そのまわりを見渡すと、ほかの服は意外と入れ替わっている。
身につけるものに、変化を楽しんでいる一面もあるらしい。
並んだ景色を眺めていると、自分の輪郭が少し見えてきた。
私が目を向けていたのは、暮らしの中の小さな変化や、人やものが持つ背景だった。
そうやって、まわりとの関わりをたどっていくと、不思議なくらい言葉になっていく。
何者なのかを、ずっと頭の中から探そうとしていた。でも、頭の中には、意外と答えが見つからなかった。
自分は自分だけで成り立っているようでいて、実は、関わるものや人とのあいだで少しずつ形づくられていく。
そう思ったら、「自分とは何か」という問いが、少しだけ軽くなった。
だから、答えを探すよりも、何に目が留まるのかを眺めている。
▽ なぜか残っていたものをたどると、言葉になる前の「好き」が、そこにあった。
