おかしな子【あなたの嫌な話を聞かせて下さい】
幼馴染は、少しおかしな子だった。
近所に住んでいて、子どものころはよく一緒に遊んだ。
不思議と、その子と何をして過ごしていたかは覚えていない。たぶん絵を描いたり、おもちゃを使って遊んでいたと思うが、その子は男の子だったし、そもそも興味の対象も私とは違ったのだろうと思う。
今思い返しても、楽しかった良い思い出はひとつも浮かばない。その子との思い出は、どこか嫌な気持ちになるものばかりだった。
* * *
家族同士の付き合いがあったから、一緒に旅行に行ったことがある。
旅行先の宿でお風呂に入ることになったとき、その子が「一緒に入ろう」と言った。私たちは小学生で中学年くらいだったと思う。
私は嫌だった。そのころにはもうお風呂はひとりで入るものだったし、お父さん以外の男の人と一緒にお風呂なんて入ったことがなかった。
けれど、家族同士で来ている旅行で、そばには相手の親もいる。その子は「子ども同士で入るのが当然」とでも言いたげな声のトーンと表情だったから、私は断りきれずに一緒に入った。
浴場の湯気の中で、私はずっと落ち着かなかった。大浴場ではなく、家のものよりも狭い浴室に、ふたりきり。
私は逃げるようにさっさとお湯に浸かり、浴槽に向かってぴったりと身体を押し付けていた。その子の方をなるべく向かないよう、壁ばかりを見ていた。
その子は特に何も気にしていないようで、浴室にはただ楽しそうな声が響いていた。
見られていたのかどうかは、よくわからない。ただ、早く出たかった。
その子は昔から、そういう子だった。
* * *
別の日には、その子は工事現場に落ちていそうな太い鉄の棒を持ち歩いていた。ねじねじと螺旋のようになった棒で、何がそんなに気に入ったのか、宝物みたいに持っていた。
よその男の子が、それを欲しがったことがある。取り合いになって、その子は棒で相手を殴った。男の子の額から血が出た。
叫び声、流れ出る血。
家のすぐ近くの公園であった出来事で、私はそれを見ていた。
すぐに大人たちが駆けつけて、その子を叱った。その子は泣かなかった。黙ったまま、不貞腐れたような顔で取り上げられた棒を見ていた。
怖かった、というほどではなかったと思う。
ただ、やっぱりおかしな子だと思った。
当時の私は、どこまで変なら「おかしな子」なのか、その基準を持っていなかった。
棒に執着することも、それでお友達に手を出すことも、そして身体つきの違う幼馴染と一緒にお風呂に入ろうとすることも。
「自分とは違うこと」と、「一般的にみんながやらないこと」の区別をつけるには、私はまだ世界を知らなさ過ぎたんだと思う。
* * *
変な出来事と、くっつくように残っている思い出がまだあった。
「その子の家の犬のこと」も、そのひとつだ。
すねをぶつけたときのような、じわじわと遅れてやって来る鈍い痛みに似た記憶として、今も私の中にある。
近所だったから、その子の家で遊ぶことがあった。その日、その子は「犬に水浴びをさせてあげよう」と言った。
庭に、何かのタンクがあった。その子はそこからホースのようなものを使って、犬に水をかけていた。
私は少し離れたところにいて、たぶんひとりで何かしていた。ばしゃばしゃという音だけを、背中で聞いていた。
もともと犬は好きではなかった。というより、身体の大きい犬が怖かったのだと思う。だから、その犬の名前も覚えていないし、犬がどういう反応をしていたかは見ていない。
タンクにだって、触っていない。ただ、その場で一緒にいただけだった。
そのとき、ちょっと変な匂いがした。鼻につくような、少し重たい匂いだった。
私はそれを犬の匂いだと思った。犬を飼ったことがなかったし、洗ってあげていないから、変な匂いがするのかなと思った。
たぶん、私はそのとき安堵していた。犬と一緒にお風呂に入ろう、とその子に言われなくてよかったな、と。
* * *
後日、その犬が死んだと聞かされた。
どうして死んだのか、子どもの私にはよくわからなかった。
ただ、母に連れられて、その子の家に謝りに行った。そのことから、犬に水浴びをさせた件が何か関係あるのだろうという推測はできた。それでも私は、なぜ謝らなければいけないのかはわからなかった。
だって、私は何もしていない。
水をかけたのでもないし、犬の相手をしていたのも、その子だ。たとえば水が冷たくて風邪を引いて犬が死んでしまったとしても、そこにいただけの私に何かできただろうか。
それなのに、母は私を連れて、その家の人に頭を下げた。
「ごめんなさい。」
私も言った。私の後頭部にあたる、母の手に少し力が入る。その子の家の、黒くて冷たそうな玄関の床が視界いっぱいに広がった。
何に対して謝っているのかは、よくわからないままだった。
もしかしたら、私がその子よりもひとつ年上だったからだろうか。今になって考えると、そうかもしれないと思えた。
でも、当時の私は、ただ嫌だった。
犬が死んだことも嫌だったし、謝らされたことも嫌だった。そして、自分には関係がないことで、責任があるように扱われたことも。
それから私は、その子に遊びに誘われても断るようになった。
今日は駄目。宿題がある。忙しい。
とにかく毎回、いろんな理由をつけた。
裏口の扉を閉める私の横で、母は料理をしながら「どうして遊ばないの」と聞いたと思う。私は答えられなかった。
そのうち、その子から誘われることもなくなった。
* * *
それから何年も、その子のことを思い出さなかった。遊ばなくなった理由は、今でもはっきりしない。
お風呂のこと、鉄の棒のこと、犬のこと。理由はいくつか考えられたけど、子どものころの私は、それらひとつずつを分けて考えることができなかったと思う。
大人になって、地元に帰ったとき、たまにその子の名前を聞くことはあった。でも、いいニュースではなかった気がする。大人なのに、幼稚な原因で知人とトラブルを起こした、みたいな話ばかりだった。
家族がその話題を出したとき、未だにその子のことを「ちゃん」づけで名を呼んでいるのを聞いて、私はどこかで「ああ」と思った。
会うことはなかったし、それでよかった。
なんだかよくわからないけれど嫌な気持ちは、その理由を探るよりも、思い出と一緒に深く沈めておいた方がいい場合もある。そんな気がした。
私は、卒業後は地方の不動産会社で働いていた。
実家を離れて仕事をしていれば、自然と地元の思い出を振り返る機会も減っていく。
でも、記憶を呼び起こすきっかけは、ふとした拍子に顔を覗かせる。
ある冬、売却予定の古い家の内見に立ち会っていた。そこは、暖房が石油ストーブだった。
きしむ玄関を開けた瞬間、少し重たい匂いがした。
私は立ち止まった。なんだか懐かしいような気がした。でも、何を思い出したのか、そのときはわからなかった。
あとで、「これは灯油の匂いだ」と仕事仲間に教えられた。誰かがストーブの給油をしたばかりだったのだろうと。
へえ、と思った。それまで、実家でも灯油を扱ったことがなかった。このときはじめて、私は灯油の匂いというものを知った。
灯油。
その言葉を聞いた瞬間、庭が浮かんだ。
犬。タンク。あの子。
そして、あの日の匂い。
私は初めて、あれが何の匂いだったのかを知った。あれは犬の匂いではなかった。
今は服を着ているのに、両手で身を隠したくなった。後ろから、あの子の目線がこちらを向いている気がした。
※以下の企画に参加させていただきました。
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