青いスカート【創作】
「今日は、やっぱりあの公園に行こうよ」
私は彼にメッセージを送った。もともと、お店の真ん中に木の生えているカフェに行こうと話していた。
「いいよ。そっち戻る」
もう、電車乗っちゃってたんだ。悪いことしたな。
ベッドの上には、服が乾燥機から出された状態のまま散らかっていた。もう少し、外で干すのか。クローゼットにしまうのか。それとも、着て外へ出るのか。
私は行きたい場所も、食べたいものも、着ていく服も。ぎりぎりにならないと決められない。
それに対して、彼は待ち合わせの時間より何十分も前に着こうとする。
どこかに「行きたい」と言うのは大体いつも私。
彼は、いつも私にあわせてくれていた。やさしかったけど、それが少しさびしいときもあった。
私は思わず、服の山から手繰り寄せた衣類を抱きしめていた。胸の中には、白いシャツと、青いスカートがあった。
* * *
電車に乗って、記念公園を目指す。
またあそこに行きたいと思ったのは、どうしてだったろう。
この間一緒に彼と話したとき、SNSで話題になったカフェに私の気持ちはあったはずだった。今日という休日に、他に行きたい場所の候補は出なかった。
選択肢の外にいたものが、急に現れる。一度現れると、前からそこにいたという風な顔で、居座って消えてくれない。
記念公園に向かうバス停で、彼と待ち合わせていた。もちろん彼はすでにいて、私は五分の遅刻だった。
「お待たせ、ごめん。」
「いいよ。次のバスまでちょっと時間あるから、なんか飲もうよ。」
目的地を決めるのは私。現地で予定をアレンジしてくれるのは彼の役目だった。
飲み物を選び、スマホを自販機にかざす。どこかおどけたメロディのあと、ペットボトルが落ちて、がたこん、と派手な音が鳴った。
私はお茶、彼は炭酸水を選んだ。
* * *
記念公園行きのバスは、やけに人が少なかった。休日だからこそ、いっぱいに人が乗っていると思っていた。
窓の外は晴れている。私たちのバスを照らす太陽は、一本乗り遅れた分、少し高い位置にあった。彼は「人少ないね」とだけ言った。
記念公園へ向かうバスの走る道は平坦で、揺れが少なくて私でも酔いにくい。でも、それが今日の決め手ではない気がした。
バス停から少し坂を上っていくと、一面に広がる駐車場が見える。その先すぐに記念公園の敷地が広がっている。
しかし、やはりバス停にも、公園へ向かう坂道も、いやに人の気配が少ない。
結局、坂の上の駐車場に、車はほとんど停まっていなかった。
まさか、というよりはふたりとも、薄々感づいてはいた。なんとなくこの未来を予想しながら、今さら目的地を変える選択肢もなかった。
「休園日……。」
チケット売り場も、無人。
「前来たときは、車いっぱいだったのに。」
そう言いながら、彼は目の上に手をかざして車のない駐車場を眺めていた。陽の光を手で遮る動作が、どこか私を責めているように感じた。
失敗した。
どうして今日、ここを選んでしまったんだろう。きっとあっちのカフェを選んでいたら、人がたくさんいて。店内の木を見ながらコーヒーを飲んで。「すごいね」って言いながらふたりで写真も撮れた。
私も、駐車場にわずかに停まった車を見つめていた。そのうちの一台が発進して、さらに景色は寂しくなった。
せっかく来たんだから、ということで、彼は私の手を取った。有料で入場する施設や設備は、当然すべて閉まっている。できるのは、植物や花が咲いた小道を、門の閉じたところまで歩くことくらいだ。
「こっちの道から行こう。」
二股で、彼が言った。すぐ先で合流するから、結果はどちらでも同じ。彼は道の脇に植えられた、花を見ながら歩いていた。
いつもなら人の声で埋まっている場所が静かなのは、変な感じだ。前にここを歩いた時は、どこに入ってみようかとか、お昼はどこで食べようとか、この施設のイベントの時間を調べようとか。いくらでも話すことがあった。今は、ふたりの会話と、靴の音くらいしか聞こえない。
いつか彼が「いい色だね」って褒めてくれた私の青いスカートは、前に履いてきたときよりも少しくすんで見えた。
* * *
門の奥へは、それ以上進めなかった。暑すぎない気候で、緑の匂いもあった。風がちょうどいい強さで、私たちを撫でて通り過ぎていく。
ただ、目的地だけが思うようにいかなかった。
「今日、ごめんね。」
私は、言い出すタイミングを何度かうかがっていたセリフを口にした。
「あっちのカフェに行っていれば、たぶんもっとちゃんと過ごせたのに。」
彼は、門を見ながら当たり前のように言った。
「いいよ。」
「いいわけないよ。」
彼はいつも、いいよと言う。私が気まぐれで目的地を変えても。待ち合わせに遅刻しても。いいよ。いいよって。
今日だけでもう、三度も言った。私は、こうしたいと思うのにうまくいかない。彼は、こうしたいと言わないし、文句も言わない。
彼がこちらを向いて、なんともなしに言った。
「人の多いカフェだと、周りが騒がしくて声が聞こえなかったかもよ。」
「でも、ここには誰もいないよ。車もない。」
私の声は、震えていた。なのに彼は、落ち着いている。
「別に、他の誰かと話すわけじゃないから。」
風の音が聞こえた。私の視線は下を向いていて、視界にはスカートの青がある。膝下まであるその布を、ほんの少しだけ私は両手で持ち上げた。
よく見ても、さっきと同じで色は変わらない。
カシャ、と音が鳴った。
顔を上げると、彼がスマホをこちらに向けている。
「やっぱり、いい色だ。」
それだけ言うと、彼は元来た道の方を向いた。相変わらず、誰もいない景色だった。その中に、彼ひとりの背中だけがあった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。