善悪の足し算【創作】
俺は、登録中のチャンネルに投稿された新着動画を見ていた。教育系の動画投稿者で、テレビであまり取り扱わないような業界の裏側や、ニッチな産業の最新情報をよく取り扱っていた。
不定期投稿ではあるが、動画時間は一時間を超えることも多く、それでいて内容の密度も濃い。個人でやっているのが信じられないほど、よく調べ上げられていた。
「めちゃくちゃ勉強になった」
「これが無料で見られるのヤバい」
コメント欄を見ても、おおむね高評価だ。ただし、あまり見つけられていないからか、まだ登録者数は四桁にとどまっていた。
俺も、いつも通り高評価を押そうとする。別に、いい悪いにかかわらず、内容があまりに酷くなければ、見た動画には高評価をつけて去ることが多い。
でもふと気づいた。これまで、意識していなかったけれど。
この配信者は、生の声を収録せずに、編集で合成音声を乗せて喋らせている。それはなにも問題ない。
しかし、以前、その音声の利用規約を読んだことがある。その音声を使用する場合には、クレジット表記をすることが権利者によって定められていた。
俺は、そのチャンネルの動画一覧を遡った。すべての動画を視聴しているわけではないが、うちいくつかには俺の高評価がついた動画もある。
概要欄にも動画の内容にも、クレジット表記はなかった。さらに、サムネイルによくないものが写り込んでいるのを発見する。
目を皿にして、画面を睨みつけていたからこそ気づけたのだと思う。
うっすらと、サムネの隅にサイト名が残っていた。
ウォーターマーク。……要するにこの投稿者は、有料素材を購入せずに使用している。
これ……だめだろ。
でも同時に思う。……この人は、下調べをし、撮影、編集をして、動画を投稿することで社会に貢献している。高評価をこれまで押してきた指先が、タップする行方を探して宙をさまよっていた。
……もし、逆だったら?
著作権を全部守ってるけど、中身がデマだらけの動画。
こっちはどうだろう。
法律は守っていて、でも社会にとっては害ということになる。
どっちが悪い?
動画横の、縦の三点リーダーをタップすると「通報」の文字が表示される。かといって、「デマや誤解を生む表現」でも「暴力的な内容」でもないのに、この選択でいいのだろうか。
そのとき、スマホが震えて通知がひとつ入った。画面上部から割り込んできたのは、新着動画のお知らせだ。
ニュース。テレビ局のチャンネルの、速報だ。
「舞千鳥病院の外科医、連続通り魔殺人事件の容疑で逮捕」
サムネイルにはそんな、物騒な文字列が表示されている。行方を見つけたように、俺の指先はその動画をタップした。
「数百人の命を救った名医……なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。」
女性リポーターの、重々しくもよく通る声から動画は始まった。
「これまで難しい手術を成功させ、救った人数は四百人にも及ぶと……。」
功績が紹介される。学歴に、受賞歴も。
「四人もの命をこれまで奪った犯人が、まさか……。」
「え?」
救った命が四百人。殺した人数は四人。差し引きしたら……。
プラス……?
もちろんそんなことはない。
でも一瞬だけ、脳が計算しようとしてしまう。その瞬間、ぞわりとした感覚が背中をなめるように走った。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。