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内田製作所【創作】

五年に一度程度しか通らない道を、俺は自転車で走っていた。行きも通ったその帰り道だから、正確には数時間ぶりの道だったのだが。

交通量は多くはないが、道は狭く、速度には注意していた。自転車も軽車両だ。車の仲間には違いないし、最近では取り締まりも厳しくなっている。

そのとき、ぽつりと顔に水が当たる感覚があった。少し前から、どんよりとした雲が空にかたちを作りはじめていたから、もしかしたらとは思っていた。

ハンドルを握りながら、辺りを見渡す。コンビニはこのあたりにはない。折りたたみ傘を入れたリュックは今日は持っていなかった。

そうこうしているうちに、雨足が少しずつ強くなってきた。風も伴う大粒の雨。そのひとつぶひとつぶが、頬に当たって弾ける。

たまらず雨宿りできる場所を探した。少し先に、工場が見える。

なんの工場だろう。普段、意識することもなかった。

大きなトタン屋根の下は、意外と広かった。悪いと思いつつ、そこに自転車を滑り込ませると、先客があった。

若い男がスマホをいじりながら、自転車にまたがっている。おそらくは自分と同じ、雨宿り組だ。

時計を見ると、午後四時を少し過ぎたところだった。特にこのあと、予定もない。家でスマホを見て時間をつぶすことになるなら、ここで休んでいても変わらないだろう。

隣を見ると、「内田製作所」と書かれた看板があった。

さっきと同じことを思った。なんの工場だろう。内田を作っているというわけではなさそうだ。

日曜日でよかった。工場が稼働していたら、ここで雨宿りなんてできなかった。

そうこうしているうちに、もう一台自転車が屋根の下に入ってきた。

自分より二十は年上の老人で、彼も自転車だった。

雨宿りする男は、三人になった。

* * *

明らかに風雨は強くなっていた。屋根の外は、出れば瞬時にずぶ濡れになってしまう程度には大雨だった。

とはいえ、トタン屋根の向こうに見える空は明るい。待てば、この夕立は嘘のようにおさまるのではないか。俺の、四十年の経験則がそう言っていた。

最初にいた若者が、自転車を建物近くの方まで転がしてきた。風が強くなって、雨が当たるようになってきたのだろう。

俺は少し場所を譲って、スペースの中央部分に寄った。

ちょうど、もう片側にいた老人に対しても場所を明け渡す格好になったので、老人もこちらへ自転車を寄せた。

三人の男たちの自転車が横並びになる。

漫画や小説なら、ここでちょっとした会話くらい始めるのかもしれない。

しかし若者の立場なら、年上のおじさんやじいさんに話しかけられるのは嫌だろうな、と思った。

彼は終始、スマホをいじっている。

あのころくらいだと、自分は待てただろうか。

濡れても、帰ってシャワーでも浴びればいいだろうと、雨の中すっとばして帰ったのではないだろうか。

ほんの少しだけ、さっきより雨音が遠ざかった気がする。雨上がりのときに感じる、湿った匂いがふっと鼻に届く。

若者の方で動きがあった。ペダルに込めた足の力を強めるような、そんな素振り。しかし、まだ雨の音はそれなりにある。小雨というには強い雨だ。

声をかけようか、迷う。言ってやってもいいのかもしれない。

「時間があるなら、急がなくていいんじゃないか。きっとじきに止む」とでも。

しかし、若者はそれを聞いて素直に聞くだろうか。

俺はスマホで、先ほどから雨雲レーダーを開いていた。店舗スタッフをやっているとき、店長がよくパソコンで見ていた。「雨が降る前に傘立てを表に出すこと」にやけにこだわる上司だった。

レーダーによると、この地域の雨雲はあと二十分程度で去りそうだ。

若者の自転車のタイヤが転がりかけたとき、近くで、独り言のように老人がつぶやいた。

「こっちの雲。」

俺にも若者にも、聞こえる声だった。

「あれが行けば、あっちの空がもう流れてくるでしょうね。」

はっとして、老人の方を向いて答えるように声をかけた。

「ですね。もうしばらくで止むと思います。」

俺も、雨音にかき消されないように声を出した。

若者の自転車から、タイヤの音が止まる。

さあさあと、シャッターの下から雨水が入り込んできていた。工場の壁には「安全第一」の文字が目立つように書かれている。

雨は、十五分後にはほとんど止んでいた。

* * *

完全に雨が止み切る前に、老人はヘルメットを被って、何も言わずに屋根の下から出ていった。三人の中で、ヘルメットを被っているのは老人だけだった。

それを見てか、若者も。彼とは違う方向へ、自転車を走らせていった。

俺は、数時間前に受けた優良ドライバー講習を思い出していた。

免許の更新。

流れ作業のように列を作って申請し、手数料を支払って、視力を検査して写真を撮った。

そのあとの講習では、法改正や事故についての話を聞いた。知っていることばかりだった。

それよりも、帰り道で見たもののほうが、妙に頭に残った。

内田製作所。安全第一。

その下に、三台の自転車が並んでいたこと。

俺は自転車のライトを点けた。

さっきまでの雨が冗談だったかのように、空からは雲が消えている。雨上がりのいつもの匂いが、鼻先まで届いてきた。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。