地図を売る人【創作】
「──迷ってるなら、地図はいかがです?」
「迷ってるかどうか、どうして分かるんだい。」
「立ち止まってる顔をしてらっしゃいましたんでね。そいつはよくない。」
「便利な言い方だな。心が止まってりゃ、歩いてても『立ち止まってる』ってことにできる。」
「私が売っているのは、本物の地図です。魂のこもった、ね。」
「なんだそりゃ。怪しい奴ほど『本物』とか『魂』みたいな、定義不能な絶対値を前に置くんだよな。」
「定義できないからこそ、本物ってわけです。」
「さすが地図売り。『逃げ道』を知っていやがる。」
「……最近、迷いそうな道を見てしまって、目を逸らしたことは?」
「急に何の話だ?」
「選び、歩いた瞬間に、ここは今の自分にはまだ早い、と引き返したことはありませんか?」
「……さあな。」
「大丈夫。皆さん、あります。」
「今、勝手に俺を『皆さん』に入れたな。」
「それは、あなたに余裕がないせいじゃない。気の迷いでもないんです。」
「断言するのが早いだろ。」
「地図を持たずに歩いてると、自分がどこにいるか分からなくなりますよね?」
「それは単に、不安を煽ってるだけだ。」
「不安は事実でしょう? 道に人影がないと、怖くなるはずだ。」
「人影がないから道が間違ってる、とは限らんだろう。」
「しかし、正しい道であれば、必ず足跡が増えていきます。」
「では、増えない道は?」
「正しくない、間違った道ということになりますな。」
「なるほど。『地図は常に正しくて、違った道を歩く人間が悪い』と?」
「しかし! お客さんは運がよろしい。この地図は、選ばれた人にしか売りません。」
「出たな、ふるい分け。全員にそう言ってんじゃ、運もなにもあったもんじゃねえやな。」
「いいえ、『覚悟』や『素質』がある人間かどうかを、私が見て判断しておりますので。」
「素質があるなら使いこなせるはずだ、と? 買ったあとの後悔を、選ばれたこちら側になすりつけようって魂胆か。」
「とんでもない! もちろん、この地図を手にとらず、『安全な道』だけを選ぶのは、悪いことじゃあない。でもそのままだと、二度と戻れなくなる分岐もある。機会は時期を逃すと失います。まさに……」
「今が、その分岐だってのか。」
「そうです。」
「そいつはずいぶんと都合がいい『今』だな。」
「一度、立ち止まって考えてみてくださいよ。」
「さっきは立ち止まるなと言ってなかったか? そもそも、売りたいのならまず実物を見せてみろ。」
「ふむ。では、その地図を見る前に、ひとつだけ確かめさせてください。これから聞くことを、紙に書き出すだけでもいい。」
「商品を売る前に、作業をさせるのか?」
「これは、地図を読む『資格』があるかを確かめるためです。」
「素質はあるのに、資格は要るってか。ま、聞いてやるよ。確認ってのは?」
「違和感があるかどうかを確かめたいんです。見えない道の話です。あなたの未来──目の前に広がる道に、何か引っかかるものはありませんか。」
「ずいぶん曖昧だな。」
「はっきりとした違和感がある人は、絶対にこの地図があった方がいい。」
「そりゃ便利な線引きだ。」
「胸が少しでもざわついたなら、それが合図です。」
「『はっきりとした』を『少しでも』にすり替えたな。それで、もしざわつかなければ?」
「必要ない人です。」
「反応したら当たり、しなければ対象外か。」
「万人に売る気はありませんので。」
「どうにも、売れない言い訳が先に来るんだよな。」
「これは、あなたを否定するためのものじゃない。しかし、『このまま進んだ先に、何もない可能性』を示しているだけです。」
「脅しか?」
「現実です。ざわつきがあるなら、地図を持つ資格がある。未来の道を模索することを、諦めていない証拠なのですから。」
「その地図の先に、何がある。」
「迷わなくて済むでしょう。」
「見えない道を行くのも、悪くないんじゃないか。」
「しかし、道を外します。」
「こっちの逃げ道を塞いできたな。」
「信じるかどうかは、あなた次第です。」
「じゃあ最後に教えてくれ。」
「なんでしょう。」
「俺の顔に、覚えがないか? 俺はお前さんから、先日地図を買った客だよ。」
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。