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【エッセイ】「虚」から「実」へ?

ずいぶん前に友人Bくんと雑談していたときのこと。Bくんとわたしの共通の知人であるXさんの話になった。彼女、Xさんは、当時はまだ珍しかったウェブ・ライターを名乗っていた。それはツイッターなどのSNSが登場するよりずっと前で、「はてな」などのブログがやっと始まったころ。

「ウェブ・ライターねぇ」とBくんは言った。「彼女なりにがんばっているんだろうねぇ」とわたしは言った。Xさんがやっていることには、なんだかつかみどころがない、ふわっとした印象があった。パソコンの画面上で読む、短めのエッセイ風の文章をXさんは書いていたのであるが、それがどれぐらいの収入になるのか、わたしには見当もつかなかった。

「きっと彼女なりにがんばって文筆業に進もうとしてるんだろうけど」とBくん。「そうだねぇ」と言いながら、わたしもBくんも、もやっとした気分だった。なぜだろう。少ししてわたしが、「たぶん、『虚業』みたいなもの、つまり『実業』じゃないっていう感じがするからだと思う」と言ったら、Bくんも、「うん、それそれ」と頷く。「実業」、というのも変な呼び方だが、文章を生業とするなら、紙の媒体でないとその仕事はちゃんとした仕事として実感できない、とそのとき二人とも思ったのだ。ウェブに書くのは、「実」の感触がなくて、空中にふわふわしてつかめない、妙にとりとめのない仕事だとそのとき感じたのである。

しかしそんな時代はもうだいぶ前のことで、いまや世の中にはウェブ・ライターがあふれている。もともと紙の媒体で書いていた人だって、ウェブで書くことに特別な抵抗は感じていないのではないか。言い換えれば、わたしがあのとき「虚」と思った世界は以前よりもずっと広がり、認知され、力を持ってきたわけだ。SNSの巨大プラットフォームは日常の当たり前になっていて、そこにごく気軽に言葉を書くことに、わたしも含めてもう誰も疑問を持たない。

なんでこんな話をしているかというと、最近多くの人が興味を持っているzineのことを考えているからだ。出版業界が不況にあえいでいて、プロの作家の本がなかなか売れないのに、なぜ人はzineを作り、読もうとするのか。プロに比べたら圧倒的に稚拙な文章を、不器用にレイアウトして、印刷して、本にしようとするのだろう。自分の本を作るだけでなく、他人のつくったものまで買って読もうとするのだろう。そんなことを最近よく考えるのである。

理由のひとつは、商業出版されるものに案外わたしたちが実は読みたいと思っているものがないからではないか。たとえば、ある友人がエッセイ集を自費で作って親しい編集者に見せたら、「わたし、ほんとはこういうものを読みたいのよ。でもこれを出版社に持っていっても出版には至らないの」と言われたらしい。そしてその編集者が言うには、至らない理由は「出版の判断をするのが男たちだから」らしい。そうなんだろうか。わたしにはよくわからない。ただ、出版社が持つ基準は当然ながら高くて、荒けずりの魅力はあるがその基準に届かない出来の本は、どんどん却下されるのだろうとは想像できる。

zineの流行について、もうひとつ考えることがある。それが先ほどの「虚」と「実」の話だ。

今では誰でもネット上で文章を書き、人脈を広げてうまく宣伝すれば、多くのビューや「いいね」を稼ぐことができる。でも、それはどれだけうまくやっても、どこか実体のない「虚」の感覚を伴うのではないか。それに対してzine作りはどうか。文章を書き、フォントを決め、レイアウトを工夫し、紙質や綴じ方を選び、表紙のデザインや題名にこだわって仕上げる。組版などという面倒なものに手を染める人も多い。やがて印刷所からどーんと届く、重い段ボール箱。開けるとぎっしり詰まった自分の本。わぁ、ほんとにできたんだ。これらすべての経験が「虚」とは思えない。手ごたえがある「実」なのではないか。

さらには出来上がった本をキャリーに詰めて、文学フリマなりzineフェスなりに持っていく。割り当てられた机にクロスを敷き、ポスターを貼り、ポップを置く。開場となり、やってくる人たち(どれも間違いなく生身の人間たちだ)に向かって緊張しながら「こんにちは! どうぞ、サンプルありますよ!」などと呼びかける。これも生身のわたしの声だ。お金を受け取る。お釣りを渡す。閉幕となり、机を片付ける。売れて喜んだり、売れなくてがっかり肩を落としながら帰りの電車に乗る。窓の外ではすっかり日が暮れている。これも「実」だ。まるで自分の畑の作物を市場で売るような感覚だ。

こういう素人の活動が文学の質を落とすのだ、と眉をひそめる人もいるだろう。所詮、自己満足だ、流行に乗っただけ。自分さがしの浅はかな成果だと笑う人もいるだろう。いくら重さがあり触覚があったって、中身が粗末なものはしょせん空しいとも言える。正直に言えば、そういう考えが自分のなかにないわけではない。だけど今は、紙の本の制作を楽しみたい。楽しんでいる自分を観察していたいと思っている。(ということで実は来年1月のZINEフェス横浜に申し込みました。)

余談だが、冒頭に登場したBくんは、Xさんとは違ってウェブには興味を示さず、努力してその後にプロのライターになった。大きな新聞にコラムを連載し、自分の本も出した。わたしは彼のコラムを毎週楽しみにしていたし、心から応援していたが、残念ながらその後はあまり長く続かなかった。プロの世界はあたりまえだが非常に厳しい。素人の気楽なzineの世界からは、やはりずいぶん遠い世界なのである。



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