【短編】悲しい曲
水たまりをのぞくと「悲しい曲」が浮いていた。
私は透明な湯葉みたいなそれを、水からすくい上げ、ひらひらと指に乗せて急いで家に帰った。
そして自分の部屋の水槽に入れた。
すぐに黒出目金がプクプク、悲しい曲を歌いはじめた。
何日も雨が降り続いている。
私はちょうど悲しくてたまらなかったのでとても落ち着いた。
それから毎日、悲しい曲を聞いて部屋で過ごした。
眠っている間も、眠っている金魚の代わりに酸素ポンプがプクプクプク歌う悲しい曲を聴き続けた。
金魚の歌もポンプの歌も空気中にプクプク浮かび上がる。
部屋中に満ちる悲しい曲。
悲しい曲に満ちた部屋で眠るとよく眠れる。
プクプク、プクプク。
ある日、庭の紫陽花を切って部屋にいけた。
葉っぱに雨粒といっしょに雨蛙が乗っていた。
「だめだよ。この部屋は悲しすぎる。もうやめなよ」
そういった。
「でもどうすればいいの?」
私は困って雨蛙にきいた。
「最初と同じ。水槽から指ですくいなよ」
私は水槽の表面に指を浸した。
透明な「悲しい曲」がすぐにすくえた。
「これどうすればいいの?」
「家の前のドブに流してしまいなよ」
蛙は「悲しい曲」を指に乗せた私の手の上に飛び移った。
ひんやり。
私は蛙なんて平気。
そのまま外に出た。
降り続く雨のせいで水の増えたドブに、指の上の「悲しい曲」をひらっと流した。「悲しい曲」はすぐに見えなくなった。
手の上の蛙がケロっと鳴き、ドブに飛び込んで、消えた。
空をみると雨が上がって、少し青い空が見えていた。

*小牧幸助さんの企画に参加します
