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「一度、病院に行ってみたら?」Zoom越しのひと言が、私を救ってくれた

自分のことは、自分がいちばんわかっている。

どこかで、そう思っていた。
でも、本当に苦しいときほど、自分の状態は見えなくなるのかもしれない。

5年前の私も、そうだった。

画面に映っていた、私の姿

「一度、病院に行ってみたら?」

Zoomで打ち合わせをしていたときだった。
一緒にプロジェクトを進めていたマネージャーから、そう言われた。

画面に映る私の姿を見て、体重が減っていることを心配していたようだ。

私自身も、少しだけ危機感はあった。
以前より体力がなくなっている。

「何かあったら嫌だな。」

そんな思いが、どこかにあった。
でも、病院へ行こうとは考えていなかった。

たくさんの仕事を抱えていた。
病院へ行っている場合ではなかった。

当時、とにかく忙しかった。

一つ終わると、次の仕事が待っている。
その繰り返しの中で、自分の体調を考える余裕もなかった。

いろいろな感覚が麻痺していたのだと、今なら思う。

「休職ですね」

病院へ行った。
その日のことは、ほとんど覚えていない。

何を話したのか。
どんな診察を受けたのか。

思い出そうとしても、記憶はぼんやりとしている。
ただ、医師の言葉だけは残っている。

「休職ですね」

すぐには、事態を飲み込めなかった。
予想もしていなかった言葉に、何も返せなかった。

そこまで深刻だとは思っていなかった。

いくつも仕事を任せられている。
だけど、「会社に迷惑をかけて申し訳ない」と考える余裕さえなかった。

「これから、どうしたらいいのだろう。」

ただ、途方に暮れていた。

翌日、仕事を手放した

病院を出たあと、すぐ社長に電話をした。

「大変申し訳ありません。医師から休職を告げられました」

社長は驚いていた。

「業務で何かありましたか。仕事になにか原因がありますか。」
「いえ、業務は直接関係ありません。」

それ以上、うまく説明することができなかった。

私は、まだいくつもの仕事を抱えていた。
引き継ぐ準備ももちろんしていない。

でも、もう仕事を続けることはできない。

翌日だけ仕事をして、引き継ぎに必要なことをまとめた。
わからないことがあれば、あとから電話で確認することになった。

すぐに休職へ入った。

昨日まで仕事で埋まっていた時間。
それが突然、何もない時間に変わった。

誰もいない家で、時間を待っていた

休職に入った最初の日、家には誰もいなかった。

いつもなら、仕事をしている時間。

もう、パソコンを開く必要はない。
今日中に終わらせる仕事もない。

「何をしたらいいのだろう。」

その日に何をしていたのかは、ほとんど覚えていない。

久しぶりにソファーに座り、ぼんやりしていたのかもしれない。
休職したのだから、休めばいい。

でも、「休む」とは何をすればいいのだろう。

誰もいない家の中で、時間が過ぎるのを遅く感じた。

することはない。
だけど、心は少しも休まらなかった。

初日だけではなかった。

時間に追われていない。
それなのに、心は何かに追われていた。

そんな日が、しばらく続いた。
今振り返ると、休むことにも時間が必要だったのだと思う。

あのひと言を、今も覚えている

5年後の今、私は仕事には復帰している。
あの日、声をかけてくれたマネージャーとは、今も一緒に仕事をしている。

「えー、今そんなに忙しいんですか?」
「そうなんすよー。もう、本当に大変で」

昨日も、そんな会話を冗談まじりに交わしていた。

もし、あの人がいなかったら。
私は病院へ行かず、今こうして働いていなかったかもしれない。

人は、人に支えられて生きている。

一人で何でもやってきたように思えても、きっと、そうではない。

何かにつまずいたとき。
悩んで、先が見えなくなったとき。

「支えてくれた人がいたから、今の私がいる」

そう思い出してみる。
目の前の問題は変わらなくても、少しだけ落ち着いて見られるような気がする。

今までも、一人ではなかった。
きっと、これからも。

あなたの今につながっている、誰かのひと言はありますか。


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