アメリカ世:1946年9月19日(木)
中城初等学校に米軍から長椅子
宮古島に文化協会
中城初等学校に長椅子下附
琉球列島米国軍政本部
一九四六年九月十九日
宛:沖縄知事
一九四六年九月十六日附民政府覚書一一二号を以て申請相成りし中城初等学校用長椅子下附(下げ渡し)に関する件は茲に之を認可す。但し右長椅子が帰還者受入に際し必要と認めらる場合に於いては再び之を久場崎に使用せしむるものとす。
米軍政府副長官
米陸軍大佐
ウィリアム・エイチ・クレーグ

(沖縄県公文書館「対米国民政府往復文書 1946年受領文書」より)
(1946年9月19日、みやこ新報より)
文化協会設立
終戦後人心退廃し道義地に堕ち、かてて加えて生活の脅威は食糧の逼迫と共にいよいよ深刻となり、民心行く処を知らないという落ハクたる世相に鑑み、支庁教学課では心のオアシスを与え、明るい希望と平和の生活を営む情操の教化に乗り出すべく有能達識の経験者を網羅して文化協会を設置することに去る十四日の校長教頭会で決定、文化協会は文芸部、演劇部、体育部の四部に分れそれぞれ独自の立場に於いて活躍することになる筈だが、具体案は目下池村一男属のところで立案中であり、文芸雑誌の発行等も計画されている。

(「平良市史 第5巻 (資料編 3 戦後新聞集成)」平良市史編さん委員会編、平良市、1976、国会図書館より)
https://dl.ndl.go.jp/pid/9770038/1/241
