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アメリカ世:1946年7月10日(水)

小禄・真和志・恩納への住民移動認可
日本からの引揚者、八重山に移住させたい
農事試験場復活

小禄、真和志、恩納への住民移動を軍認可

(「沖縄大観」沖縄朝日新聞社編、1953、国会図書館より)

沖縄民政府
経済会議(午前9時〜)

軍政府:
中央病院の薬品倉庫から薬品が盗まれた。最近のこと。
志喜屋知事:
◎大東島の件は部長と協議して軍政府と一緒に民政府も調査に行く。
志喜屋知事:
八重山炭坑の復興につきてもお願ひしたい。
軍政府:
軍政府でも既に炭鉱を見たが沖縄では目下の所肥料が必要だから大東から開発して其後に炭鉱はやる。
志喜屋知事:
沖縄では八重山炭鉱、国有林、大東の肥料は材源であるからよろしくお願ひします。
軍政府:
既に八重山の材木は切出して近い中に輸送す。
那覇を軍政府が貰ひ受けて八重山から来る材木を製材する計画である(未許可)。
志喜屋知事:
◎日本から七、八万人も帰へると本島では人口過剰になるので八重山に移住させたい。それにはマラリヤ撲滅を要す。軍政府でも此の撲滅に援助されたい。
軍政府:
ホース大尉が先島に行くからよく調査すべく頼んで置く。
ウイルソン中佐の下に居る将校も八重山に行くからマラリヤのことを研究させる。
志喜屋知事:
◎先島、垣花、大東の気象台を早く復活させたい。

(沖縄県公文書館より)

与儀農事試験場復活
(琉球大学「年表沖縄1945-1946」より)
https://u-ryukyu.repo.nii.ac.jp/record/2004137/files/No76p67.pdf

【参考】農業試験場(現沖縄県農業研究センター)

(沖縄大百科事典より)

沖縄県立農事試験場
沖縄戦後の1946年(昭和21)7月、与儀の試験場が再興された。甘藷をはじめ、花卉栽培、牛・豚・山羊等の増殖事業を展開したが、周辺地域の急激な都市化と研究施設の充実を図るため、首里崎山町に約120,000坪の敷地を取得し、1961年(昭和36)10月に移転した。試験場跡地は、病院・学校・(与儀)公園などの公共施設が建てられた。

那覇(航空写真)/330号線(与儀) 農事試験場周辺

那覇市立歴史博物館より)
https://www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp/spot/219

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