アメリカ世:1946年7月28日(日)
浦添で米兵が強姦
沖縄戦参戦の揚陸艦退役
伊良部島で衛生管理強化
浦添市で米兵2人が50歳女性を強姦
(12/23/2024、沖縄タイムス「奪われ続ける尊厳と命性暴力事件一覧」より)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1495540
米海軍揚陸艦USS LSM-333退役
揚陸艦USS LSM-333は、第二次世界大戦中のアメリカ海軍に所属していたLSM-1級中型上陸艦。同艦はタイに譲渡され、HTMS クット(LSM-1)と改名された。
第二次世界大戦中、LSM-333はアジア・太平洋戦域に配属された。同艦は1945年4月28日から5月18日にかけて、沖縄戦に参加した。
1946年7月28日に退役した。
(ウィキペディアより)
沖縄戦時の艦長(Commanding Officer)艦長はウィリアム・ラッセル・シュルホフ中尉(LT. William Russell Schulhof, USNR)。
シュルホフ中尉は、1944年11月25日の同艦の就役(就役式)から、沖縄戦を含む第二次世界大戦中の全期間を通じて同艦の指揮を執った。
沖縄戦において1945年4月28日〜5月18日までの期間、最前線での作戦に参加。所属は米太平洋艦隊・第9LSM自航フラティラ(LSM Flotilla 9)、第48LSMディビジョン(LSM Division 48)。
LSM-333のような中型揚陸艦は、大型のLST(戦車揚陸艦)と小型のLCI(歩兵揚陸艦)の中間を埋める存在。沖縄戦における主な役割は、激戦が続く沖縄本島や周辺離島の浅瀬・砂浜に直接艦首を乗り上げ(ビーチング)、中戦車(M4シャーマンなど)、装甲車、重火器、および前線へ送り込む数個小隊の兵員を直接上陸させること。
上陸作戦が一段落した後は、弾薬、医療物資、食料などを洋上の大型船から前線の海岸へとピストン輸送する重要な補給線の役割を担った。
(United States Pacific Fleet Organization 1 May 1945、ウィキペディア などより)


戦後すぐ(1945年末〜1946年初頭)に日本本土(新潟の瀬波海岸)で他艦と並んで砂浜に乗り上げている同艦(左から4隻目の「333」)
(NavSource Online: Amphibious Photo Archive)
同艦はタイのパタヤ沖に水没、ダイビング・スポットになっている。
(1946年7月28日、宮古タイムスより)
模範衛生村建設、伊良部村緊急衛生会議
ー、毎週火、土の二日を衛生日とし部落の清潔検査を越行、違反者は配給停止
ー、素足の禁止
ー、各部落に風呂(ドラム缶利用)設置
ー、便所の改善
ー、職患者の取締りを厳重にし全部保養院に収容せしめる
一、病人並に栄養不良児に対する医師の診断並に食餌の配給
一、部落会長、方面委員等を動員し伝染病患者の疑いあるもの早期発見
八重山在住孤児救済義捐金
一、金一千円也 久松漁業組合
一、金八百円也 城辺酒造組合
ー、金一二九円六二銭宮古支庁職員一同


(「平良市史 第5巻 (資料編 3 戦後新聞集成)」平良市史編さん委員会編、平良市、1976、国会図書館より)
https://dl.ndl.go.jp/pid/9770038/1/306
