アメリカ世:1946年6月18日(火)
平良市、疎開援護費、収支決算で疑惑解く
宮古島、護岸工事と帰農開墾奨励、剰余金で実施
平良市、7校校長会
疎開援護費、収支決算で疑惑解く(1946年6月18日付みやこ新報)
平良町疎開援護会では社会の一部に喧伝、疑惑を生じている援護費の使途を明らかにし疑惑を解くため、去る十六日午後二時より町会議室に於て本部委員嵩原重夫、池村恒章、本村昌彦、砂川玄令、伊志嶺玄良、 富永岩雄、下地恵位、池村恒正、真栄城徳松の各氏、それに町当局側与儀町長外三役、池村副主事、奥浜係員出席の上収支決算総会を開催。
収入三四、三七三円六九銭「寄付其の他軍物払下品受領」支出二一、九〇四円、差引剩余金一二、四六九円六九銭の原案を正当支出として承認。

護岸工事と農開墾奨励、剰余金で愈よ実施(同)
剰余金処分を一任された与儀町長はその使命事業方針につき援護解散に当り費用の一部を疎開者輸送に犠牲的協力を払った引揚船の表彰、職員賞与金、遭難者慰霊祭、解散総会等に充当し、残余金一万円余は郡会の援護補助費三万五千円を併せて約五万円を以て失業者救済事業の護岸工事並に食糧確保のための帰農、開拓団の住宅、農具、その他開墾補助に支出する旨計画を表明、全委員の賛同を得意よ本格的に着手することになった。
平良市七校の校長会(1946年6月20日付宮古タイムス)
平良市では七校の校長会を十八日市長室で開催、左記事項を打合せたが特に青年の教育機関設置については熱心な意見の交換が行はれた。
ー、生活改善協力方の件
二、各部落指導教員配置方の件
三、納税思想の普及徹底の件
四、学校々舎の管理について
五、青年の指導について
六、衛生思想の普及について七、山林造成(学校林)について

(「平良市史 第5巻 (資料編 3 戦後新聞集成)」平良市史編さん委員会編、平良市、1976、国会図書館より)
