アメリカ世:1946年8月13日(火)
うるま新報、宮古島に支局
(1946年8月13日、みやこ新報より)
うるま新報、宮古島に支局
うるま新報では沖縄島各地区に支局を設置着々準備陣容を整備しつつあるが宮古島にも支局を設置、支局長に伊志嶺朝茂を起用、正式発令になった旨通知があった。

(「平良市史 第5巻 (資料編 3 戦後新聞集成)」平良市史編さん委員会編、平良市、1976、国会図書館より)
https://dl.ndl.go.jp/pid/9770038/1/240
伊志嶺朝茂
伊志嶺は昭和初期、関西で労働運動に従事、治安維持法違反で投獄され、未決、実刑を通じて五年の刑に服した経歴をもっている。
帰郷後、さらに台湾へ疎開したのちも特高に追いまわされた、宮古で数少ない弾圧の体験者である。戦後台湾を引揚げ帰郷してからは小作農民の組織づくりにあたり、また大工や左官を結集して宮古土建組合をつくって自ら委員長になり、「労農新聞」や「宮古大衆新報」をとおして啓蒙運動に乗り出している。プロレタリア講座を連載し、自らも「権利と義務」と題して「失業者のいない国、乞食盗人のいない国、勤労大衆のための良き社会」のために提言したりしている。
伊志嶺朝茂と戦後宮古の概況
仲宗根将二(宮古島市総合博物館協議会委員)



(宮古市総合博物館紀要第20号より)
https://www.city.miyakojima.lg.jp/soshiki/kyouiku/syougaigakusyu/hakubutsukan/files/kiyou20_2.pdf
