旅するだけできれいになりたい
「韓国に美容旅に行かない?」
そう誘ってくれたのは、肌課金500万超えの女友だちだった。
彼女は長年、肌管理を続けている大ベテラン。20代のうちから美容医療に目覚め、30代を超えても肌年齢は20代前半。くりくりのおめめに、ぷっくりとしたくちびる。自分の顔となりたい顔をトレースして差分を考えたり、AIを活用して肌診断+アドバイスがもらえるGPTsを開発したり、美と自分に対する向き合い方が桁外れなおもしろい女ともだち。
2023年の暮れ、わたしは1年間かけて肌を育てることに費やし、そろそろ締めくくりの時期を迎えていた。コツコツと通い続けたレーザートーニングやマッサージピールによってお肌は前よりつやんとしていた。
皮膚は人間最大の臓器と言われるほど大きなもので、面積の大きい場所から整えることで、人の印象はずいぶんと変わる。そのことを、わたしは自分の肌で知っていた。
韓国行きの飛行機のチケットをとった。ホテルを予約した。クリニックを調べた。
気づけばわたしは、2年で5回も韓国に渡っていた。それは痛みを伴う施術であっても痛みを乗り越えれば、目に見えてキレイになるというループにやみつきになったからだと思う。
わたしは難病「シェーグレン症候群」という荷物を抱えている。難病になったのは、過労がきっかけだった。
どうにもならない不調を抱えながら、それでも毎朝丁寧にメイクをする。肌を育てて2年経ったとき2度目の離婚をした。離婚をしても「プライベートはボロボロだけどビジュがいいな〜」と、鏡の中の自分に言い聞かせるように。人生どん底でも韓国美容旅帰りで、肌がピカピカなことに救われた。
無力感と向き合いながら、毎日髪の毛にアイロンをかけた。「ツヤツヤだね」と誰かに褒められるたびに、すこしだけ息ができた。マグカップを持ち上げるとき、ジェルネイルをした爪がきれいだと、それだけで仕草がやさしくなる気がした。
美容は、わたしにとって唯一、自分でコントロールできるものだった。
病気は選べない。離婚も、望んでしたわけじゃない。
でも、肌に手をかけることは選べる。
施術の予約をいれることも、クリニックの扉を開けることも、全部自分で決められる。だからこそ、痛みを伴う施術をあえて選んでいた部分もあったと思う。
心の痛みは見えないけれど、肌の痛みなら時間が経てば癒えるとわかっている。
「この痛みだけは、自分で意味づけられる」という安心感が、そこにはあった。美容医療とダウンタイムの関係は、破壊と再生の物語なのかもしれない。
とくに韓国美容旅は、日常から切り離された空間で自分を再構成する旅だ。
ホテルの高い天井をぼーっとみる。ふかふかベッドの白いシーツの上で、背泳ぎをするようにすべすべとした感覚を味わいながら、わたしはいつも「まだ、諦めていない」と思っていた。自分の人生を。自分という存在を。
その確認を、旅のたびに繰り返していたのだと思う。
きれいになるとは、誰かと比べることではなく、あくまで自分の納得感だ。
不思議なことに、韓国に行く前から「もう十分きれいになった」と感じていた。それなのに、渡韓を重ねるうちに、想像していなかったピカピカな自分に出会い続けた。想像の範囲外というものは、存在しないのと同じだ。でも、一つだけそこへ足を踏み入れる方法があるとすれば、外に出ることだ。文字通り、外へ。
韓国美容旅から帰ってから気づいたことがある。
鏡の中の自分が変わると、その状態をキープしようと食事にも気を遣いはじめる。紫外線を避けるようになる。肌の土台が整ったからメイクも練習しようと、メイクレッスンにも3ヶ月通いはじめた。これがまたすごくよかった。
美容医療が入口だったはずなのに、いつのまにか「自分を整える・守る・育てる」というルーチン全体が変わっていた。
外側を丁寧に扱い続けることで、自分自身への内側にも優しさが育っていた。
わたしは2022年から、毎年ひとつ身体のパーツを決めて、1年かけて育てる自由研究をしている。爪を育て、髪を育て、肌を育てた。3ヶ月では変わらない。半年過ぎてもそんなには変わらない。でも10ヶ月目から、「なんか変わった?」という感覚が訪れる。そして12ヶ月後には、始めた頃とは全く違う自分がいる。
きれいになった結果以上に、プロセス全体の積み重ねが自尊心を育てていた。過去の自分と比べることなく、今の自分を丸っと愛せるようになった。十分わたしはよくやっていて、その姿を鏡を通してフラットにみられるようになった。特別なことではなく、小さなケアが実を結ぶことを身体で覚えた。
以前は毛穴が、たるみが、輪郭が……とパーツごとに気になっていたのに、今は全体的に調和が取れていると感じる。「なんかいい感じ」がずっと続いているのだ。
美しさとは調和である。肌から始まったこの旅も、ファッションもメイクもインテリアも、読む本も行く場所も。あらゆる行動が、わたしにまとまっていくようだった。すべてがわたしを形づくると感じられるようになった。
これは美容医療だけで得たものではなく、日々の生活習慣とメイクレッスンに3ヶ月通って得たものである。
いまは「もっとやれる」とも思わないし、理想が高いわけでもなく、わたしって頑張ってるし、思っていたよりいい感じの歳の重ね方だと思える。
自尊心を育てようと思って、韓国に行き始めたわけじゃない。でも振り返ってみると、チケットを予約し、旅の手配をして、実際に行くという行動そのものが、「わたしは自分を良い方向に変える力を持っている」という確信を、少しずつ積み上げていた。
外見のための努力をしているように見えて、じつはその根底には、「わたしは自分を大切に扱っていい存在だ」という許可出しをしていたのだと今ならわかる。
美しさとは、施術によって価値を獲得するものじゃない。もともと内側に価値があって、その一番外側に皮膚があり、外見がある。
美容は努力の表れであって、見た目が自分の価値そのものじゃない。わたしが愛しているのは、結果よりも、その過程だ。
旅するだけできれいになれるのは、単に美容医療をするだけではない。無理をしない、回復しようとする身体のニーズを優先させてあげること。ホテルとクリニックだけで、あまり観光をしない。そういう旅もあっていい。
韓国はトレンドの街だから、わたしが通ったクリニックやお気に入りのお店が、あなたが読む頃にもあるかどうかはわからない。でも「旅そのものをセルフケアに変える」という気持ちを持っていれば、どこへ行っても、きっと楽しめる。
肌を育てることは、心を育てることにつながっている。旅するだけできれいになりたいと願いながら、今年もわたしは旅に出る。
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