北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線、駅跡巡り!!
皆さんこんにちは。今回は、北海道へ旅行に行ったときの記事として、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅跡を巡って来たので、その模様をお伝えしようと思う。
北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線とは?
北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線とは、元々国鉄網走本線として開業していたJR池北線(池田〜北見)の路線を、第三セクター化した路線で、2006年に全線が廃止となっている。

先程もお話した通り、2006に全線廃止されおり、今回はその駅跡を巡るという回だ。
1.池田駅
現在は根室本線のみが通っている池田駅、昔はここからふるさと銀河線が発着していた。

駅自体は大きく、2面3線と側線があるが、現在は駅舎側の1番線のみの使用だ。


ふるさと銀河線は2、3番線奥の切り欠きホームからの発車だったようだ。
それでは、ふるさと銀河線の駅跡を見ていく。
2.様舞駅
現役時代は1面1線の無人駅であった。
現在は跡形も無く撤去されている。
3.高島駅
2面2線の相対式ホームを有していた。
ホームは残っているようだが、今回の訪問では確認出来なかった。
4.大森駅
現役時代は1面1線の無人駅であった。
現在は跡形も無く撤去されている。
5.勇足駅


勇足駅の駅舎は、公民館との合築駅舎だったようだが、停止位置目標のみ残され、それ以外は撤去されていた。

6.南本別駅
現役時代は1面1線の無人駅であった。
現在は自然に還っており発見出来なかった。
7.岡女堂駅
岡女堂の請願駅として転換後の1995年に開業し、路線の中で1番新しかった岡女堂駅。現在でも跡地は綺麗に保存されている。


ホームは車両1両分入るほどのとてもコンパクトなものだ。

列車到着時には岡女堂社長の作曲したメロディが流れていたと言う岡女堂駅。
請願駅と言うことで、岡女堂ガン押しの個性豊かな駅である。

時刻表も残されている。概ね2時間に1本程である。


駅名標はふるさと銀河線オリジナルデザインのものが使用されていた。
それでは、次の本別駅へ向かう。
8.本別駅

道の駅との合築駅舎が立派な、本別駅跡。
ふるさと銀河線はこのような立派な合築駅舎が数多く存在する。
駅跡は現在、道の駅「ステラ★ほんべつ」となっている。


線路は埋め立てられて撤去されているが、当時のホームは残っている。なかなか広い構内だったようで、駅舎手前側が陸別方面、奥側が池田方面のホームだったようだ。




この立派な木造跨線橋は、恐らく開業当初のものであろう(冬季は中に入れないので注意)
9.仙美里駅
公民館との合築駅舎の仙美里駅。現在はバスの待合所となっている。


仙美里、なかなか読みにくい地名である…
地名は、アイヌ語のセンピリ(陰のところの意)に由来するとのこと。



線路跡は埋め立てられているが、ホームは残っており、当時の雰囲気を醸し出している。

通院バスの本数が1週間に1本なのが気になる。
10.足寄駅
足寄町の中心駅。駅舎はこれまた道の駅との合築駅舎である。

足寄駅の駅舎はかなり立派。塔のような時計台?が印象的だ。


ホームは別の建物があとから建っており、当時の雰囲気はあまり残っていない。


道の駅の中には、線路と車両、駅名標を模したモニュメントが置いてあり、確かにここが駅であったことを、静かに伝えている。


道の駅の横には、国鉄時代を模した観光案内所の建物がある。


中に入ると、国鉄池北線当初の運賃表や時刻表が置いてあり、ノスタルジックな雰囲気に浸れた。
11.愛冠駅

駅舎がハートを模したデザインの愛冠駅。実に愛らしいデザインである。それもそのはずこの駅、カップルの聖地となっており、駅ホームには、カップルで鳴らすための鐘がある。

ホームも柵さえあれど、当時のそのままの姿を残しており、列車が走っていた情景が分かりやすく思い浮かぶ。
12.西一線駅
現役時代は1面1線の無人駅であった。
現在は原野に還っており何も残っていない。
13.塩幌駅
現役時代は1面1線の無人駅であった。現在は何も残っていない。
14.上利別駅
木造駅舎が近年まだ残っていたが、現在は撤去され何も残っていない。
15.笹森駅
現在では草木に埋もれ、探索不可能。
現役時代は1面1線の無人駅であった。
16.大誉地駅

それらしき道は発見出来たが、駅跡は原野へ還っていると思われる。
現役時代はレトロな木造駅舎が使用されていたようであるが、2015年に撤去されている。
17.薫別駅
1面1線の無人駅であった。現在は撤去され何も残っていない。
18.陸別駅

本日のメイン、陸別駅跡。現在は道の駅になっており、中には動態保存されている車両が何両かいる。

ふるさと銀河線の駅の中では主要駅的扱いで、駅構内はとても広い。
土日には運転体験が開催されており、実際に動いている車両の見学や、運転体験をすることが出来る。
また、車両が何両か留置されており、見学することも出来る。

奥がCR70型、手前がCR75型である。
基本的な設計などは両者とも同じだが、CR75型の方には、ビデオ装置と自動販売機が設置されている。



駅舎側が1番線で、2、3番線とは基本的に跨線橋で行き来を行う。

駅名標も残されており、本当に「当時のまま」という言葉が相応しい駅である。

奥にも1両、CR75型とラッセル車がおり、この駅の構内の広さが伺える。
この駅は、運転体験開催日だと特に賑わうので、基本的には運転体験が開催されている日の訪問を強くオススメする。
窓口が営業していないとグッズが買えない場合があるので、やはりこれも運転体験が開催されている日に行くのが確実だろう。
19.分線駅
陸別駅から当駅までは、トロッコ体験が出来るようになっており、分線駅もこれに際してレールや駅跡が残されている。
現役時代は1面1線の無人駅であった。現在でも、設備はそのまま残されているようである。
今回は駐車スペースが無かったため、車で訪問した私は残念ながらパスとなった…
20.川上駅
1面1線の無人駅であった。原野に還っており見つけることは困難。
21.小利別駅

峠付近の山奥にポツリと1軒大きな駅が見えた。これが小利別駅である。
辺りには人家やお店が全く無く、この駅だけが1軒だけ佇んでいる。
この駅も、公民館の合築駅舎として作られたようである。

あまり駅舎らしくはないが、駅舎入口に駅名のプレートを掲げており、ここが駅であったと言うことは確かなようだ。
駅舎奥側にホームがあったようだが、ホーム跡は既に原野に還っていた。

駅舎内部は基本的に何も無かったが、パンフレットなどが少し置いてあった。
22.置戸駅

置戸町の中心街にあるのが、ふるさと銀河線置戸駅跡である。
中心街の駅らしく、立派な駅舎である。
それもそのはず、この駅も例に漏れず公民館との合築駅舎のようだ。

内部は先程も言った公民館と、歯科も併設されている。


ホーム跡は埋まられて公園として整備されている。
奥の方には、広い構内とレールが残されていた。


こうして見ると、現役さながらの風景だが、ホームが埋められているところを見て、もう列車が来ないことに気付かされる。
23.豊住駅
1面1線の無人駅であった。現在は撤去されている。
24.境野駅
現在は石碑だけが残されており、駅の設備は全て撤去されている。
現役時代は木造駅舎が使用されていたそうだ。
25.西訓子府駅
1面1線の無人駅であった。現在は撤去されている。
26.西富駅
1面1線の無人駅であった。現在は撤去されている。
27.訓子府駅

農業センター「くる・ネップ」を併設した合築駅舎となっていた訓子府駅。現在でも駅舎が残されている。
内部は農業センターになっており、レストランなどがある。

ホーム側から見ると、駅であったことが分かりやすい。

ホームがそのまま残されており、痕跡が分かりやすい。
停止位置目標や乗車位置、信号機までもが残されている。




もう点灯しない信号機、とても浪漫と切なさを感じるのは私だけだろうか?
個人的にこの切なさが、廃線跡巡りの1つの魅力であると思っている。

ホームの前には公園が広がっている。
とても広い構内の跡地を活かした、模範的な廃線跡?だと個人的には思う。
28.穂波駅
1面1線の無人駅であった。何も残っていない。
29.日ノ出駅

現在は公園の公衆トイレとバス待合所になっているふるさと銀河線日ノ出駅跡。
石北本線に北日ノ出駅という駅が昔存在したが、場所は全く別である。

今でも綺麗に整備されているが、綺麗に整備されすぎて、逆に何も無く、駅として活躍していた頃の様子はあまり感じられない。

ホームは残ってはいるが、線路は工場の敷地となっており、立ち入ることは不可能である。
駅名標などは全て撤去されており、やはり駅だった頃の様子は薄れてしまっている。
30.広郷駅
1面1線の無人駅であった。現在は何も残っていない。
31.上常呂駅

現在は市役所の支所として使用されている上常呂駅跡。所在地は既に北見市となっており、この旅ももうすぐ終わりである。

ホームは上ところ銀河公園として整備されている。
駅舎はこれまでと同様、公民館との合築駅舎である。


時計には、「← 上常呂駅」と書いてあり、今でも駅だった頃の面影はある。


吹き抜けの開放感のある駅舎。
駅舎内とは思えぬほどの開放感を味わえる。
32.北光社駅
北見市街地へ突入。仮乗降場スタイルの小さな駅だったため、何も残っていない。
33.北見駅


ふるさと銀河線の終点、北見駅。現在は石北本線のみが通る駅。
網走本線時代は、この駅から更に網走方面へと進んでいき、本線としての役割を持っていたため、この駅も途中駅扱いとなっていた。
駐車場が無かったため、車の中からのみの撮影である。申し訳ない。
ふるさと銀河線の現役時代は、切り欠きホームの3番線から発着していたようである。
探索した感想
まず感想としては、とても探索が楽だったということである。
と言うのも、基本的にふるさと銀河線は横を走行している国道と並走しており、廃線跡もかなり見つけやすかった。
そして、2006年廃止と北海道の廃線跡としては比較的最近廃止されたこともあり、駅跡はまあまあな確率で遺構が残されていた。
特に、公民館などとの合築駅舎の駅は、駅舎自体が新しいため、道の駅や農業センターなどに転用され、残されている駅がほとんどであった(合築駅舎で現在撤去されているのは、勇足駅だけであった)
また、一部駅では公園として整備されていたり、駅舎内やホームに合法的に入れて、「ここ入って大丈夫なのかな…?」などの不安が発生しないのも嬉しいところであろう。
という訳で、廃線跡巡り初心者の方でも比較的分かりやすく、楽しく探索出来るので、オススメである。
まとめ
今回は、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の廃線跡を巡ってみたが、いかがだったであろうか?
ここまで遺構が残っているとは私も思っておらず、予想外に楽しく探索出来た。
また、陸別駅跡などでお土産も数点購入出来たので、とても満足度の高い充実した廃線跡巡りとなった。
皆さんも機会があれば是非、行ってみることをオススメする。
今回はここまでです。最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
次回もまた、よろしくお願いいたします。
おまけ

駅跡巡りとは少し逸れるが、本別駅近くに、ふるさと銀河線の橋梁跡があった。

築堤にも登れて、橋梁を間近で見学することが出来る。
この橋梁は、池北線開業当初から使用していたもので、太平洋戦争中の銃弾の跡も橋桁に残されているようだった。
駅跡巡りと合わせて、是非訪問したい場所である。
-終わり-
