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食卓の積み重ねが、ふるさとになる

『VIVANT』は、世界を舞台に、日本のために任務を遂行する別班の存在を描いた壮大な物語だ。
派手なアクションや謎解きも面白いけれど、特に心に残ったのは、お赤飯などの日本食が登場する場面。
遠く日本を離れた土地にいながら、日本の食べ物を口にする。それだけで、どこか懐かしく、ほっとしたような空気が流れる。
世界を股にかけて活躍し、どれだけ異国の文化の中に身を置いていても、日本の食べ物を前にすると、その人の奥深くにある「日本人」が顔を出す。

私はあの場面を見て、食べ物というのは、単にお腹を満たすものではないのだと感じた。

味には、記憶がある。

その記憶の中には、育った土地や家族、季節、習慣、価値観まで一緒に詰まっている。

その国の人らしさというのは、毎日の暮らし、特に食卓で形作られるのかなと感じた。

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今日の夕食に、今年初めての秋刀魚を食べた。
大根おろしをこれでもかというくらいたっぷり添えて。
そしてもうひとつ、今年初の栗。
圧力鍋で蒸して、凝ったことは何もしない。
包丁でバッサリ半分に割り、スプーンですくって食べる。ホクホクして、ほんのり甘い。

栗を食べながら、子どもの頃を思い出した。
学校から帰ると、母がよくおやつで用意してくれていた。
枝豆だったり、とうもろこしだったり、さつまいもだったりもした。
湯気の立つ鍋から出てきた、ただ茹でたり蒸したりしただけのおやつ。
「茹でたてよ。手を洗ってから食べるのよ。」
「わあ!美味しそう!」
学校から帰ってきたお腹には、それがとてもおいしかった。
栗の蒸し立ての湯気の匂いは育った家を思い出す。
学校から安全基地にたどり着き、母の顔を見て安心したことも。
季節の恵みにいただきます、と感謝することも。
お腹も心も満たされた記憶が蘇る。

特別なごちそうでなくてもいい。
旬のものを食べて、季節を感じて、家族で同じものを囲む。

そんな何気ない食卓の積み重ねが、その人のふるさとになり、心の根っこを作っていくのかもしれない。

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