私の人生は、ミナペルホネンとともに
ミナペルホネン(ミナ)の魅力は、オリジナルのテキスタイル、美しい刺繍、自然を感じる柄、年齢を問わず着られる形――挙げ始めればきりがない。
だけど、私にとって一番の魅力は、「長く大切にすることは美しい」と教えてくれること。
おしゃれは、新しいものを次々に手に入れる楽しさもあると思う。でも、一着の服を何年も着て、ほつれを直し、そのときどきの自分に合わせて着こなし、思い出を重ねていく楽しさは、もっと深い。
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今日は、来年春夏の新作お披露目会に出かけた。
ミナ の店舗の多くは、駅から少し離れた、閑静な場所に佇んでいる。
デザイナーの皆川明さんには、お客さまに「ミナ のお店へ行く」という目的を持って、わざわざ足を運んでほしいという思いがあるからだという。
だから、便利な駅前ではない。ショッピングセンターにも、駅ビルにもない。
ミナ が好きな人に、そのための時間をつくり、心に余裕を持って訪れてほしい。そんな強い願いが、店のある場所にも込められている。
だからこそ、ミナ へ行く日は、私もいつもより少しだけ特別な日常着に着替えて出かける。

今年の春夏のcandy flower。
刺繍も美しいけれど、ブラウスのタック、フリル、
はしごレースの細やかさに一目惚れして購入した。
店舗には、自然を慈しむミナ らしいまなざしが、隅々まで行き届いている。迎えてくださるスタッフの皆さんも、一人ひとりの好みや雰囲気に寄り添いながら、洋服や雑貨を丁寧に選んでくださる。

ひっそりとした古民家の建物で、心が落ち着く。
やがて、おしゃれ談議に花が咲く。
服を買うことだけが目的ではない。そこへ向かう時間も、店内で過ごすひとときも、すべてを含めて
ミナ ペルホネンなのだ。
私はそこで、日常の中にある極上の幸せを味わう。
元気の出ない日も、訪れることで元気になる、そんな特別な場所。
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私がミナ に初めて出会ったのは、とあるセレクトショップだ。
目に留まったのは、tarteという刺繍が全面に施されたバッグ。小さな粒で描かれた丸が、規則正しく、けれど少しずつ表情を変えながら並んでいた。

こちらは数年前の復刻版。
代表作であり、今も多くのファンに愛されている。
後ろはtambourineのブランケット。
かわいい。でも、かわいいだけではない。
どこか懐かしくて、温かくて、手をかけて作られたものだけが持つ静かな存在感があった。そのバッグを見たときから、私はミナ の世界に少しずつ引き込まれていった。
生地作りから始まるこだわりのある品物は、それなりの値段だ。だから、それなりの熟慮と覚悟で特別な1枚を選ぶ。そして、大切に使っていく。
お手入れして翌年も。また、翌年も。
それから少しずつ、ミナの服やバッグが私の暮らしの中に増えていった。
気がつけば、20年近く着ているものもある。
流行の服なら、何年かたてば古く見えることがある。でもミナの服は、不思議と「昔の服」にならない。新しく買った服とも合わせられるし、年齢を重ねた今の自分にもなじんでくれる。
若い頃よりも、50代になった今のほうが似合うようになった服さえあるように思える。
それはきっと、ミナの服が若さを飾るためではなく、その人が重ねてきた時間を受け止めてくれる服だからだと思う。
もちろん、長く着ていれば傷む。
ニットがほつれたら修繕する。
Tシャツに穴が開いたときは、その場所にちょうちょの刺繍をしてもらった。


丁寧にちょうちょの刺繍で補修してくださった。
他のちょうちょと同系色なので、
始めからいたように見える。
穴が開いたから、もう着られないのではない。
穴が開いたから、そこに新しいちょうちょが一羽やってきた。
そう考えると、傷んだことさえ、その服だけの物語になる。
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クローゼットに並んでいるのは、洋服だけではない。
その服を着て出かけた場所。その日に会った人。うれしかったこと。少し落ち込んでいた日に、服からもらった元気。そうした時間まで、一緒にしまわれている。

立体感のあるお花が美しい。

新しい役割を与えるという皆川明さんの考えから生まれた
piece bag。
古くなったから捨てるのではなく、古くなったからこそ愛おしい。
これからまた年齢を重ね、髪がもっと白くなっても、私はミナの服を着ていたい。母が80歳を過ぎた今もおしゃれを楽しんでいるように、私も自分の「好き」を大切にしながら、長くおしゃれを楽しみたいと思っている。
ミナペルホネンは、私にとって単なるブランドではない。
母から受け継いだ美意識と、これまでの私、そしてこれからの私をつないでくれる、身につけられる思い出だ。
私の人生は、ミナペルホネンとともに。
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