赤い石州瓦の里山に泊まる。島根・邑南町「日貫一日」がつなぐ、古民家と地域の暮らし
島根県邑南町の山あい、赤い石州瓦の家々が点在する日貫(ひぬい)地区に、1日1組限定の古民家宿「日貫一日(ひぬいひとひ)」があります。古民家を美しく再生した一棟貸しの宿ですが、その魅力は建物だけではありません。地域の人たちが知恵を出し合い、空き家を宿へと再生し、集落全体でゲストを迎える。「地域に泊まる」という民泊の可能性を感じさせてくれる場所です。
赤い石州瓦が連なる、美しい里山へ
「日貫一日」があるのは、島根県邑南(おおなん)町の中心部から車で西へ約15分の日貫地区です。
車を走らせると、田畑の向こうに赤い瓦屋根の家々が見えてきます。この地方で古くから使われてきた「石州瓦」です。古民家だけでなく比較的新しい住宅にも使われ、山の緑や田園風景の中に赤い屋根が点在する光景は、この地域ならではのものです。
日貫に着いて最初に立ち寄るのが、宝光寺の参道脇にある「一揖(いちゆう)」です。
廃材などを活用した建物で、宿のフロント機能のほか、カフェやギャラリーとしての役割も持っています。
ここで鍵を受け取り、スタッフの案内で宿泊棟「安田邸」へ。歩いて1分もかからない距離です。

昔の「土間」が、滞在を楽しむキッチンに
安田邸は、赤い石州瓦が印象的な平屋の古民家です。
玄関を開けると、高い天井と土間の空間が広がり、そこにダイニングキッチンがあります。正面の窓から見えるのは、赤瓦の家々が点在する里山の景色。小上がりには畳のリビング、その奥には低いベッドを配した寝室があります。
宿づくりで大切にしたのは、「食べる」「くつろぐ」「休む」という人の営みです。
興味深いのは、現在キッチンになっている土間が、かつて実際に食事をつくっていた場所だったこと。
古いものをそのまま保存するのではなく、家の記憶を受け継ぎながら、現代の旅行者が心地よく滞在できる空間へと再生しています。
宿泊者自身が食材を用意し、ここで料理をして食卓を囲む。そんな何気ない時間も、かつてこの家にあった暮らしを追体験するひとときになります。

宿の始まりは、地域からの提案だった
「日貫一日」が興味深いのは、一人のオーナーが古民家を購入して始めた宿ではないことです。
その背景には、邑南町が進めてきたボトムアップ型の地域づくりがありました。
地域の特色や人材を生かし、「自分たちの地区で何ができるのか」を住民側から提案する仕組みです。日貫地区では「産業」「生活」「観光」という3つのテーマで地域の将来を考え、そのうち観光分野の取り組みから古民家宿の構想が生まれました。
プロジェクトを進めたのが、後に一般社団法人弥禮(みらい)を立ち上げる徳田秀嗣さんです。
古民家を活用した地域づくりの方法を模索するなか、丹波篠山などで古民家再生を手掛ける一般社団法人ノオトの活動を知り、相談します。
そこで受けたアドバイスが、「まずは小さなところから始める」というものでした。
一軒の空き家から始める
そこで地域内でコンパクトな空き家を探し、出合ったのが現在の安田邸です。
この建物は、島根県庁など多くの公共建築を手掛けた建築家、故・安田臣氏の実家でした。正確な建築年代は分からないものの、戦前の建築とみられています。
相続した親族に活用予定がなかったことから購入し、宿へ再生する計画が本格的に動き始めました。
もちろん、古民家を宿泊施設として再生するには資金も必要です。特に安全性や快適性を確保し、「泊まりたい」と感じてもらえる質まで高めようとすれば、改修費は大きくなります。
日貫一日では農泊推進事業などを活用したほか、邑南町の補助事業にも応募。事業の受け皿として一般社団法人も立ち上げました。
地域のアイデア、空き家、行政の支援制度、外部の専門家。それぞれを組み合わせながら、一軒の古民家が宿へと生まれ変わっていったのです。

「集落全体を宿にする」という発想
日貫一日のもう一つの特徴が、古民家一軒だけで宿を完結させていないことです。
目指したのは、集落全体を一つの宿に見立てることでした。
その考えを象徴しているのが、フロント機能を持つ「一揖」です。
一棟貸しであればセルフチェックインにする方法もあります。しかし、日貫一日では、人がゲストを迎え、宿まで案内することを大切にしました。
「一揖」とは、神社などで鳥居をくぐる際に一礼すること。ここで地域の人と顔を合わせてから宿へ向かうことで、チェックインそのものが「日貫で過ごす一日」の始まりになります。

宿を支えるのも、地域の人
建物が完成しても、宿は人がいなければ運営できません。
開業を前に徳田さんはチェックインなどを担当するスタッフを探しましたが、当初はなかなか見つからなかったそうです。
そこで地域に声をかけると、結婚を機に日貫へ移り住んだ女性や地元の若い女性がスタッフとして参加。その後メンバーが地域を離れた際には、宝光寺の副住職としてUターンした山本将士さんが運営に加わりました。
宿が地域の人の新しい役割や仕事につながり、そこで暮らす人自身がゲストを迎える。
これは、小さな地域で民泊や宿泊施設を続けていくうえで大切なポイントでもあります。
リピーターが生まれる「何もしない時間」
日貫一日にはファミリーの利用も多く、何度も訪れるリピーターもいるといいます。
ある家族は連泊し、1日目は出雲大社、2日目は広島の厳島神社へ。そして3日目は遠出をせず、日貫周辺でのんびりと川遊びをして過ごしたそうです。
有名観光地を次々と巡るのではなく、宿を旅の拠点にして、地域で何もしない一日も楽しむ。
それは、日貫一日が思い描いていた滞在の形でもありました。
中には、ここでプロポーズをした若いカップルもいたそうです。地域の日常を体験するための宿が、誰かにとっては人生の大切な思い出の場所にもなっています。
「観光地ではない」からこそ、宿ができること
フロントの一揖では、カフェのほか、地元の作家による商品なども扱ってきました。
宿泊者が宿だけでなく、地域の人や商品、風景、暮らしと出会う。その接点をつくることで、宿に来た人の興味や消費を地域へ広げることもできます。
日貫一日は、単なる「おしゃれな古民家宿」ではありません。
空き家を再生し、人を呼び込み、地域の人がゲストを迎え、その土地の日常を旅の体験に変えていく取り組みです。
地方で民泊を考えるとき、「近くに有名な観光地がないから難しい」と考えてしまいがちです。
しかし、赤い石州瓦の家並みや田んぼ、川、古い家で料理をする時間、そして地域の人との出会いは、そこに暮らす人にとっての日常であっても、旅人には新鮮な体験になります。

観光地だから宿ができるのではなく、宿があることで、その地域を訪れる理由が生まれる。
「日貫一日」の取り組みは、空き家活用や地方での民泊、そして「地域に泊まる」というこれからの旅のあり方を考えるうえで、一つのヒントを与えてくれます。
