おなじ
熱帯夜という言葉が世間で使われるようになってから、五十年以上になるらしい。
蘊蓄とも呼べない俺の話に、「へぇ」と興味があるのか無いのか分からない返事をして、ベッドに並んで座る智が、俺の脚に自分の脚を絡ませながら聞いている。
「真夏日、猛暑日、酷暑日って、昼は時代とともに変わったり増えたりしてアップデートしていくのに、夜はずっと『熱帯夜』のままだな、って」
女、あるいは女よりスベスベとした智の脚が、うっとうしくて愛おしい。
愛おしいという感情は、地球全体を包みこめるくらいの広大な風呂敷で、俺は智をその大きな布でふわりと包みこんでいるのに、時々、少しだけ残酷なことを言ってやりたくなる。
「オカマ。ホモ。ゲイ。LGBTQ+。俺たちってアップデートしてる?」
んー、と智が斜め上を見る。本当はあまり言いたくないことが零れだしそうな時に、智がする顔だ。なぜこんなことを言ってしまったのだろう。智の脚がスベスベしていたせいだ、きっと。
「俺ね、だいぶ前に、田舎のじいちゃんに『お前オカマなんだな』って、恐ろしいものを見るような顔で言われたんだよ。じいちゃんに黙ってるのは無理だなって思ったから。子どもの頃からずっと可愛がってくれてた。『オカマ』だと知るまで。言わなきゃ良かったと思ったよ。別に一生言わなくたって済むことじゃん?じいちゃんだって知らないであの世に行くほうが幸せだったかもしれない、とかホントに落ち込んだよ。でもさ、この間久しぶりに田舎に帰った時に『智はエルジーなんたらの何だ、Gか+か。何だっていいやな』って。だから、してると思う。アップデート」
俺にエイ、エイ、と柔らかいボールを投げつけるように、智は言葉を吐き出した。
それでさ、と智が少し緩む。呑み込めずに喉に詰まっていたものが、ストンと胃に落ちていく時、俺もこんな顔をしているのだろうと思う。
「じいちゃんが、『その誠って奴、連れてきな』って」
俺が智を包んでいるよりも、もっともっと大きな風呂敷で、智は俺を包んでいた。俺のアップデートは、たぶん今、はからずも完了したのだろう。
いいよ、お前のじいちゃんとこ、行ってやるよ、と俺が小声で言い終わるか言い終わらないうちに、智の足の親指がモソモソと俺の脛毛をこねた。
「痛った!からめるなって、毛を」
いつもと同じ智が笑っている。いつ見てもきれいな歯並びだ。女うけもいいし、男だってもっと小ぎれいなのがいくらでもいるのに、何で俺なんだろうかと、今さらそんなことが浮かぶのはアップデートのせいだろうか。
「誠もさ、脛毛くらい脱毛したら?最近はみんなやってるよ」
「金と時間がもったいないよ、毛ごときにそんな。それにさ、俺禿げると思うんだ、頭。だからそのうち腕とか脚も禿げるだろ」
実際、俺はまだ三十二歳だというのに、額が後退し始めていた。
「腕や脚は禿げないって。誠、ジェイソン・ステイサムみたいになるんじゃない?頭以外の毛はフサフサじゃん?ステイサム」
マジかぁ、ステイサム、などと智の目線がキラキラとそこらを彷徨う。
ステイサムみたいじゃない、ただのハゲになっても、俺は智と一緒にいられるだろうか。
「ちょっとタバコ」と、俺はベランダに出た。
熱帯夜の粘り気が肌に絡みつく。横に流れないタバコの煙を眺めていると、いつの間にか智も横に並んでいた。
「禿げても君をずっと愛す。たべよ」
智が小さな木の匙とスーパーカップを差し出していた。
そんなダジャレはお前のじいちゃんでも言わないだろうよ、と思っているのに、俺は不覚にも涙が出るほど大笑いしてしまった。
(了)
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