見出し画像

子どもの歯並びは、いつから考える?

「子どもの歯並びって、いつ頃から気をつけたらいいですか?」

診療室で、よくいただく質問です。「前歯が生えてきてから?」「永久歯に生え変わってから?」「矯正を考えるようになってから?」。もちろん、それぞれの時期に大切なことがあります。

でも、私が正直に答えるなら、「マイナス2歳です」とお答えします。つまり、妊娠する1年前くらいから。少し驚かれるかもしれません。なぜ、まだ生まれてもいない子どもの歯並びを、妊娠する前から考えるのでしょうか。

歯並びは、「歯だけ」の問題ではない

私は、子どもの歯並びを考えるとき、歯だけを見ないようにしています。顎の成長、顔の成長、呼吸、食べること、飲み込むこと、睡眠、体全体の発達。顎の成長も、体の成長の一部だと考えているからです。そう考えると、歯並びについて考え始める時期も、自然と早くなっていきます。

お母さんの体の状態も、子どものスタートに関係する

妊娠中の母体の健康状態や栄養状態が、胎児の発育に関係することは、医学的にもよく知られています。

口腔の領域でも、たとえば妊娠中の歯周病と早産・低出生体重との関連については、多くの研究が行われています。現在の研究では、歯周病と早産には一定の関連が示されていますが、「歯周病を治療すれば早産を防げる」と単純に言えるほど、因果関係は明確ではありません。

だからこそ私は、妊娠してから慌てて健康を整えるのではなく、妊娠する前から自分自身の体を整えておくことに、大きな意味があると思っています。これは「歯並びを良くするために妊娠前から頑張りましょう」という単純な話ではありません。これから育っていく子どものために、まずお母さん自身が健康であること。そのスタートを大切にしたい、という考えです。

お腹の中でも、「口」は準備を始めている

実は、赤ちゃんの口の機能は、生まれてから突然始まるわけではありません。胎児期から、すでに吸啜や嚥下の動きが始まっています。胎児の嚥下は妊娠11〜16週頃から観察され、妊娠22〜24週頃にはかなり一貫して見られるようになると言われています。その後、妊娠後期にかけて、吸啜や嚥下などの機能がさらに成熟していきます。

「食べる」「飲み込む」という人間にとって当たり前の機能も、少しずつ準備されていく。これは、とても面白いことだと思います。

ただし、ここから先はまだ研究途上です。「妊娠中の何かが、そのまま将来の歯並びを決める」というほど単純ではありません。だから私は、胎児期の環境から、その後の口腔発達までを一つの流れとして考えてみることが大切なのではないか、と思っています。

生まれてからの3か月も、とても大切

そして、もう一つ知っておいてほしい時期があります。生後0〜3か月です。

乳歯がまだ生えていない時期なので、「歯並びとは関係なさそう」と思われるかもしれません。ところが、乳歯が生える前の赤ちゃんの口蓋を追跡した研究では、生後2〜3か月頃までに口蓋の形態に大きな発達変化がみられることが報告されています。

私はここに、小児歯科の大切な仕事があると思っています。抱っこの仕方、授乳の姿勢、赤ちゃんの寝る環境、呼吸、そしてその後の離乳食。こうした日々の生活の一つ一つが、赤ちゃんの成長と無関係とは言い切れません。

もちろん、これらを一つ取り上げて、「この姿勢だから歯並びが悪くなる」「この方法なら顎が大きくなる」と断定することはできません。そこにはまだ十分なエビデンスがありません。だからこそ私は、保護者の方に正解を押しつけるのではなく、知っておいてほしいことを、できるだけ早い時期にお伝えしたいと思っています。

でも、その時期には余裕がない

ここが、とても大切です。

赤ちゃんが生まれてから、「授乳はどうしたらいい?」「抱っこは?」「寝かせ方は?」「離乳食は?」「口が開いているけど大丈夫?」と、一度にたくさんのことを考えるのは、本当に大変です。毎日、赤ちゃんのお世話をするだけで精一杯です。

だから私は、「必要になったときに教える」のではなく、「必要になる前に知っておいてもらう」ことが大切だと思っています。妊娠中や、妊娠を考えている時期なら、まだ少しだけ時間があります。その余裕のある時期に、子どもの成長について知っておく。それだけでも、きっと違うと思うのです。

歯並びをつくるのは、歯医者さんだけではない

子どもの顎の成長を考えると、食事、糖の摂り方、離乳食の進め方、睡眠、身体活動、呼吸、口の使い方、そして足元を支える靴や体の使い方。いろいろなものが関係してきます。

もちろん、これらすべてが歯並びを直接決めるわけではありません。でも、顎の成長は、体の成長の一部です。そう考えると、「歯だけを良くしよう」とするよりも、子どもが本来持っている成長する力を邪魔しない環境を整えていく。そのほうが自然なのではないでしょうか。

昔の人の歯並びから考えてみる

この考え方を考える上で、私が興味深いと思っているのが、歯科医師ウェストン・A・プライスの記録です。

彼は20世紀前半、近代化の影響をあまり受けていない地域の人々の口腔状態を観察し、伝統的な生活を送る人々では歯列や顎の発達が比較的良好である一方、近代的な食生活を取り入れた集団では、う蝕や不正咬合などが増えていることを記録しました。

これは非常に興味深い観察です。ただし、ここには注意も必要です。プライスの研究は、現在の基準から見ると研究デザインや交絡因子の扱いに大きな限界があり、「昔ながらの生活をすれば歯並びが良くなる」と証明した研究ではありません。ですから私は、プライスの記録を「答え」としてではなく、「私たちの今の生活は、本当に子どもの成長にとって自然なものなのだろうか」と考えるきっかけとして捉えています。

エビデンスがないなら、何もしないのか

ここは、私自身が歯科医師としていつも考えていることです。

もちろん、医療にはエビデンスが大切です。「科学的に証明されていないから、何でもやっていい」ということではありません。一方で、「まだ十分なエビデンスがないから、何も考えなくていい」ということでもないと思っています。

十分な睡眠をとる。バランスの良い食事をする。糖の摂り方を考える。体をしっかり動かす。適切な時期に離乳食を進める。鼻で呼吸できる環境を整える。子どもの成長をよく観察する。こうしたことは、歯並びのためだけに行うものではありません。子どもが健やかに成長するための、ごく当たり前の生活です。その当たり前を大切にすることが、結果として口腔の成長にも良い方向に働く可能性がある。私は、そんなふうに考えています。

「歯並びを治す」より、「歯並びが育つ環境を考える」

矯正治療は、もちろん大切です。必要な場合には、適切な時期に適切な治療を受けることが大切です。

でも私は、「悪くなった歯並びをどう治すか」だけではなく、「なぜそうなったのか」「成長する時期に何ができたのか」も一緒に考えたいと思っています。

だから私にとって、「子どもの歯並びはいつから考える?」という質問への答えは、「マイナス2歳から」なのです。

それは、妊娠1年前から歯並びを管理しましょう、という意味ではありません。もっと大きな意味で、子どもの成長を考えるなら、その準備はできるだけ早く始めてもいい、ということです。

お母さんの健康、妊娠中の環境、赤ちゃんの口の発達、生まれてからの授乳や生活、離乳食、食事、睡眠、運動、そして歯科医院での定期的なチェック。一つ一つは、とても小さなことかもしれません。でも、子どもの成長は、そうした小さな積み重ねの上にあります。

私は、歯科医院を「歯を治す場所」だけではなく、家族が子どもの成長について一緒に考えられる場所にしていきたいと思っています。そのために、診療室だけでは伝えきれないことを、これからもこのnoteに少しずつ書いていきます。

子どもの未来を、口から考える。それが、私が歯科医師として大切にしていることです。

いいなと思ったら応援しよう!