生活していたら、書くことが残っていくようになった|#44
こんにちは。
「ニック|ミライを育てる暮らし」です。
このnoteも、
気づけば40本を超えました。
最初の頃は、
「今日は何を書こう」
と考える時間が
今より多かった気がします。
でも最近は少し変わってきました。
仕事をする。
家に帰る。
料理をする。
母と話す。
父のところへ行く。
SNSを見る。
動画を撮る。
誰かとやり取りする。
そんな普通の生活をしていると、
あとから、
「あ、これを書いておきたいな」
と思うことが出てきます。
最近は、
書くために生活するのではなく、
生活した結果として書くことが残る。
そんな感覚になってきました。
最初は「ネタ」を探していた
発信を始めると、
どうしても
「何を投稿しよう」
と考えます。
YouTubeでも、
Instagramでも、
noteでも同じです。
何か特別なことがないと
投稿できないような気がする。
面白い出来事。
役に立つ情報。
大きな気づき。
そんなものを探したくなります。
私も以前は、
「何かネタになるものはないかな」
と考えることがありました。
でも、
毎日そんなに特別なことは起きません。
よく読まれた記事ほど、意外と普通の話だった
これまでの記事を振り返ると、
よく読まれているものの中には、
とても普通の出来事があります。
新しい洗濯機が届いたこと。
夜勤が始まったこと。
母や父のこと。
人との距離感。
疲れている日の過ごし方。
予定通りにいかなかった日。
どれも、
人生を変えるような
大事件ではありません。
でも、
実際にその日に起きたことから、
自分が何を感じたのか。
そこを書いた記事の方が、
意外と読まれています。
人は「正解」より、その人の生活を見ているのかもしれない
SNSには、
たくさんの正解があります。
健康ならこうした方がいい。
仕事ならこう考えるべき。
副業ならこれをやるべき。
50代ならこう生きるべき。
でも最近、
少し思います。
人が知りたいのは、
正解そのものだけではなく、
その人が実際にどう暮らしているのか
なのかもしれません。
仕事をしながら、
家族との時間も持って、
副業もして、
SNSも続けて、
疲れる日もあって、
思うようにいかないこともある。
その中で、
どう考えているのか。
そこに、
その人らしさが出ます。
私の発信も、少しずつそうなってきた
YouTubeでは、
料理や暮らしの場面を見せる。
Instagramでは、
その日の雰囲気や
ライフスタイルを短く見せる。
Facebookでは、
人とのつながりや、
学んだこと、
日々感じたことを置いていく。
そしてnoteでは、
その出来事の中で、
なぜそう思ったのか
を少し深く書く。
最近は、
そんな役割分担が
自然にできてきました。
同じ一日でも、
動画と文章では
残るものが違います。
普通の一日も、後から見ると記録になる
今は普通に感じていることでも、
数年後には、
同じ生活をしていないかもしれません。
今の仕事。
母との時間。
父のところへ向かう道。
今使っている部屋。
夜勤明けに立ち寄る場所。
料理しているキッチン。
SNSを試行錯誤していること。
全部、
今だから書けることです。
そう考えると、
このnoteは、
情報発信であると同時に、
少しずつ
自分の人生の記録
にもなっている気がします。
「役に立つ記事」にしようとしすぎなくなった
以前なら、
せっかく書くなら、
誰かの役に立つことを書かなければ、
と思っていたかもしれません。
もちろん、
読んだ人に何か残れば嬉しいです。
でも、
役に立とうとしすぎると、
文章が少し固くなることがあります。
今は、
まず自分が実際に感じたことを書く。
それを読んだ誰かが、
「自分もそうかもしれない」
と思ってくれればいい。
そのくらいの方が、
自然です。
「売らないマーケティング」も、結局はここなのかもしれない
私はこのnoteを、
「売らないマーケティング日記」
として続けています。
でも、
売らないマーケティングというのは、
何か特別なテクニックではないのかもしれません。
普段どんな生活をしているのか。
何を考えているのか。
どんなものを使っているのか。
何を大切にしているのか。
それが少しずつ見えて、
「この人の話なら少し聞いてみたい」
と思ってもらえる。
その順番。
それが、
私には一番自然です。
50代からは、生活そのものがコンテンツになる
若い頃のように、
何か大きなことをしなくても、
50年以上生きてきた中には、
すでにたくさんの材料があります。
仕事。
家族。
健康。
失敗。
人間関係。
趣味。
お金。
これからの働き方。
そして、
これからどう生きたいか。
だから、
無理にネタを作らなくてもいい。
普通に生活して、
その中で感じたことを残す。
それだけでも、
十分発信になるのだと思います。
このnoteを始めた頃は、
40本以上書く自分を
あまり想像していませんでした。
でも今は、
「次は何を書こう」
というより、
「今日は何が残るだろう」
という感覚になっています。
特別な一日でなくてもいい。
普通の一日の中に、
後から残したくなるものがある。
これからも、
そんなものを拾いながら、
書いていきたいと思います。
最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。
未来は、今日の積み重ねから。
