がんばるしかなかった私が、“助けて”を言えるようになるまで
──誰かに頼ってもいいと思えたあのとき、わたしの自己肯定感は芽吹いた
結婚して、知らない土地・兵庫県で
暮らし始めた
九州育ちの私にとって
夫以外の誰も知り合いがいない場所
ほどなくして年子の子どもを授かり
頼れるのは夫だけ
友達もいない!
子育ても初めて!!
2人目の子は生まれてすぐ
腸の病気の疑いがあり
毎日の浣腸と大学病院への通院
1歳の長女を連れての外出は
常に綱渡りだった
自分が高熱を出しても
子どものことだけはどうにかやっていた
気づけば、
**「がんばるしかない」**が
心の口ぐせになっていた
でもそれは
言葉として出すこともできなかった
出せる余裕もなかったし
どう言えばいいのかもわからなかった
たぶん私は
“頼る”ことが悪いとも思ってなかった
ただ、そんな選択肢が浮かばないくらい、
「やらなきゃ」で心がいっぱいだったんだと思う
そんなとき、夫が言ってくれた
「一人で抱え込まないで。白旗、振っていいんだよ」
でも私は、
その“白旗”の振り方すらわからなかった
1回目では言えなかった
2回目でもまだ
**3回目くらいでようやく
「…ちょっと、手伝って」**と口にできた
そしたら、ちゃんと届いた
それだけで、心が少しゆるんだ
そんなある日
団地の踊り場で
黄昏泣きする子どもたちを
夫婦であやしていたとき
同じフロアーにお住まいだと思われる
おばちゃんが、声をかけてくれた
「九州の出身と? わたしもやけん」
たったそれだけの言葉が
すーっと心に染みていった
それから彼女は
大学病院に付き添ってくれたり、
長女を預かってくれたり…
見知らぬ土地で
こんなにも寄り添ってくれる人がいたことに
ただただ感謝だった
あの頃の私は
「がんばるしかない」しか知らなかった
でも少しずつ、「頼ってもいい」ことを
学んでいった
「がんばった自分」だけじゃなくて
「助けて」と言えた自分も
大切な私だったんだ。
そのことに気づけたとき
わたしの中に、
静かに**“自己肯定感”**が芽吹いた
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます
私は、過去の自分の経験や気づきを通して
誰かの心に“やさしい言葉の灯り”を届けたい
と思っています
自分と向き合いながら
心や身体、言葉を整える時間を大切にしています。
(エネルギーワークや星読みも、そんな時間のひとつです🌿)
よかったら、プロフィールもそっとのぞいてみてくださいね。
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