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天国の母とつながった話

1. 母の言葉が心に溶けていった瞬間

「こっちは、こっちで楽しいから、心配しないで。」

その言葉は、母が亡くなってから3か月ほど経った頃、私の心の奥で静かに溶けていった。

昨年の4月、要介護4となり自宅で介護していた母は、家族3人に見守られながら95歳で旅立った。 人は「大往生」と言うかもしれない。けれど、長い介護の日々を共に過ごした家族にとって、その喪失は簡単に受け止められるものではなかった。

そんなとき、知り合いから「亡くなった方のメッセージを伝えてくださる方がいる」と連絡があった。私は迷わず予約を取り、父と弟にも聞きたいことを相談してから、その方(Aさん)に会いに行った。

2. Aさんとの出会い──母から届いた最初のメッセージ

Aさんは穏やかな雰囲気の方で、自動書記でメッセージを伝えるという。 母の名前と亡くなった日を伝えると、すぐに手が動き始めた。

「お母様は、まっすぐに天国に上がられましたね。」

その言葉を聞いた瞬間、胸がふっと軽くなった。 母は本当に穏やかに旅立った。眠っているような姿で。 あの場面がよみがえり、涙がこぼれそうになった。

Aさんを通して母は、「こうして話ができると思っていなかった」と驚いたように言った。

3. 家族だけで行った葬儀への問い

私は用意してきた質問をした。

「母さん、お葬式を家族3人だけでやったけれど、それでよかった? 親戚や知人には、納骨が終わってから知らせたけれど、それも含めて、あれでよかった?」

母の返事はこうだった。

「よくやってくれたと思っているよ。感謝しているの。ただ一つだけ残念なことがあって……」

少し不安になった私に、母は続けた。

「遺影がねえ……。あれは歳をとってからのでしょう?できれば、もっと若くて元気な時の写真がよかったんだけど」

思わず笑ってしまった。 遺影は93歳の誕生日に撮った写真で、家族はとても気に入っていたのだが、母らしい言葉だった。

4. 母は今どんな姿でいるのか

「そっちでは、何歳くらいの姿なの?」

母は少し考えてから言った。

「こっちには年齢はないんだけど、そっちでいうと50歳代くらいかな。仕事もばりばりやって、仲間もいて楽しかったから。今は自由に動けるし、いいよ。」

母は81歳で腰を骨折してから歩けなくなり、最後の3か月は完全に寝たきりだった。 だから「自由に動ける」という言葉は、私の心を深く安心させた。

5. 旅立ちの瞬間に起きていたこと

「亡くなったとき、自分でわかった?お迎えはおじいちゃんだった?」

母は静かに答えた。

「死んだのはわかったよ。注射をされるまで、あなたたちが話していることは全部聞こえていたし、わかっていたよ。」

痛み止めの点滴を選んだあの日。 母は、私たちの声を最後まで聞いていたのだ。

そして母は続けた。

「迎えに来てくれたのはお父さんじゃなくて、○○さん。50日くらい、いろいろ行くところがあったけど、ずっと付き添ってくれてたよ。」

○○さんは、母が若い頃から親しくしていた友人だった。 母は最後まで、誰かに寄り添われていたのだと思うと、胸が温かくなった。

6. タムとポチ──家族の歴史がつながる瞬間

私はもうひとつ気になっていたことを聞いた。

「母さんが若い時に飼っていた犬のポチは、タムに魂が入ってたの?」

母は即答した。

「そうだよ。うちではペットを飼わなかったから、毛の色が同じだったので、タムに入ってたんだよ。」

タムは、弟が30年近く前に連れて帰ってきたぬいぐるみ。 母がティッシュボックスをぬいぐるみに改造し、家族のようにかわいがっていた存在だ。

母のそばにいつもいたタムの中に、ポチがいたという話は、どこか納得できる気がした。

7. 父へのメッセージと、母との新しいつながり

最後に、父へのメッセージを聞いた。

「こっちの世界も楽しいから、もし病気になって子供たちに面倒をかけるようになったら、早めにきていいよって伝えて……」

さすがにこれは父には言えなかったが、母らしい言葉だった。

「また話に来るね。できれば、自分でも母さんと直接つながれるように練習していくね。」

そう伝えると、母は「そう思うよ」と言ってくれた。 今、私は母とつながるためのチャネリングを練習している。

8. 結び──母への感謝と、これからの私

話が終わると、Aさんはにこやかに言った。

「お母様、面白い方だったでしょう?」

その言葉に、肩をすくめて笑う母の姿がありありと浮かんだ。

かあさん、ありがとう。また話そうね。 私は心の中でそっとつぶやいた。


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