私です。
サムネ、よく見ると違う言葉が書いてあるやつのやつ。
なかなか よく出来ていると思う。(自画自賛)
かわいいでしょ?(同調圧力)
いや、言い訳すると、試行錯誤してる時はもっと、ポジティブワードも含めて色んなパターンで考えてたんですよ。
たまたま上手く行ったのが”それ”だっただけ。
でも最終的に心理テスト味を感じた。笑笑
今やったら別のができるかも?
⇩同一人物 兼 作品
プロフィール:
・自称哲学者で楽観主義者
・自己言及型パラドックスが好き
・リアルタイムに弱い
・自分のペースで書けるから、文章だと饒舌
・知覚推理と処理速度のIQ差40ある
・文章生成AI(LLM)育成ゲームにのめりこんでいる
ちゃんと(?)したのも書いてみようと思う。
学:
・芸術系の工業高校
・教育学部(小全科、中高美術)
職:
・アイス屋さん
・個別指導塾講師
・学童保育所スタッフ
・発達障害支援教室スタッフ
・小学校の先生(時間講師)
正社員やったことない。
ES、グループディスカッションはだいたい通るんだけど、面接で全滅する(笑)
分析は得意だけど、口頭で作文ができないんだと思う。
大学4年生、就活してる年に妊娠した。
娘と一緒に卒業式に行った。
娘が幼稚園生になって、教員採用試験を受けた。こっちも筆記は良かったけど、やっぱり面接でダメ。
人前で話すの向いてないの自分で知ってたのに、なんで教育学部行ったんだろうね?
そういえばアイス屋さんやってた時も、声小さいってよく言われてた。土日に長時間シフト入ったりすると、喋りすぎで耳が痛くなってた。
高校生から大学生まで(店舗が閉店するまで)いたけど、よく続けてたなぁ。
27歳の時、癌になった。神経内分泌がん。
多くの場合は表面にがん細胞が出来て、徐々に内側に侵食していくらしいんだけど、これは最初からステージ4みたいな感じだと思う。
手術する時点で、ちょっと転移してたらしいから。
発覚する前、最初は身体の不調を無視してたけど、さすがに病院行くか……ってなって受診したら、痔って言われた(笑)
心配なら内視鏡する?みたいな感じだったから、「じゃあ大したことないか」と思って、またしばらく放置した。
でもやっぱ変だったから、3ヵ月後くらいに検査してもらった。
「まぁ大丈夫だと思うよ〜」って言われながら眠りにつき、検査中、どよめきの声で一瞬目が覚め、なんかヤバそうな画面が目に入った記憶がある。
腸閉塞なりそうな感じだったっぽい。
家に帰って、夫に「どうだった?」って聞かれたから、
「癌でした。ガーン😨ってね。」( ← 人生のハイライト )
をかましてやった。窘められた(笑)
でもちょっと、癌になってたの、嬉しかったんだよな。
不調を抱えてても、それが本当なのか、自分で判断できなくて。
服のタグとか靴下の捻れとかめっちゃ気になるから、感覚が鈍いわけではない。
ただ、どの程度まで我慢したら「痛い」と訴えても怒られないのか、分からなかった。
ふつうに、生きてるのが辛かったんだと思う。
なんか出産のときもそうだったけど、私は「大丈夫そう」に見えるらしい。
出産日前夜、けっこう痛かったから産院に電話したら、「前駆陣痛じゃないかなぁ」って言われた。
予定日の一週間前だったし、「じゃあ違うか」と思って、一晩ひとりで耐えた。スマホの陣痛記録アプリをお守りに。
でもあれ、わかんないんだよww
痛みの感覚が短くなってる気がしたけど、ちゃんと規則的に痛むわけじゃなかったから、よくわかんなくて産院に電話した。(明け方)
電話中も痛くなったりしてたけど、「そんな喋れるならまだだと思いますけど、一応来ます?」という軽い感じ。
実家暮らしだったから母親に車を出してもらった。家から15分くらい。
産院に着いた時には、子宮口全開(笑)
合間に、この時は遠方に住んでいた夫に電話。
早朝から「今から産んできまーーす!」とだけ聞かされて、会社に休暇連絡して、詳細分からないまま長時間電車移動して……
奴は奴で、どんなこと考えてたんだろう( ˙꒳˙ ).。oO
……いや、何も考えてなかった説も濃厚。
バタバタしてるうちに、30分で出てきた。
(親孝行な娘だよ…)
自分の人生を振り返ると、「逃避」と「惰性」で出来ている気がする。
高校受験の時、受験勉強頑張りたくなかったから、親が勧めてきた芸術系高校に進学した。
……いや?
頑張りたくないとも思ってなかったかも。普通科でなるべく”良い”高校って言われたら、それはそれで頑張ってた可能性もある。
ちょっと前(中一)までは海洋高校とやらを推されていたから、そこを受ける気だった。
大学受験の時、同級生は美大とか目指す子が多かったけど、べつに突き詰めたいわけじゃなかったから、友人が漏らした「先生になる」を拾って、真似した。
担任の先生が勧めてくれた教育学部に進学した。
家から2時間かかって遠かったけど、他の選択肢の考え方とか知らなかったし、考える気もなかった。名前が気に入ったからその大学にした。
(国立大の方は落ちたから)親は不服そうだったけど、最低限援助してくれた。
教育学部だから教員採用試験を受けるのが流れなんだけど、やっぱ教師向いてないんじゃないかと思って、就活した。
そして冒頭にもどる(笑)
選択の場面にぶつかると「方向転換」って感じ。
娘を産んでから一年半、実家にいたけど、夫の転勤に合わせて引っ越した。
何故かこのタイミングで両親(と弟)も引っ越した。実家消滅!
母親に「いつから働くのか」と聞かれ、「幼稚園までは専業主婦ってことになった」と言うと、何故か「ムカつく」と吐き捨てられた(笑)
いやー、一年半、実家に居座る代わりに専業主婦やるの、大変だったんだけどなぁ。どう考えても外で働くよりキツイよ。
でも誰かしら家にいると、娘の相手をしてくれるから、それは助かった。
大人が多い環境で過ごす方が、子どもにとっては良いんだろうなぁ。
娘と夫と三人暮らしになってからの数年は、穏やかだった。
料理は永遠に好きじゃないけど、分量が減っただけでちょっと楽になった。
娘と過ごした時間が、宝物のようにキラキラ光ってる…………って表現を使いたくなるのが理解できた!!!!(これ書きながら)
今めっちゃ感動してる。そんな感じだ。
あの時間はそういう感覚だった。
やっぱ感情が鍛えられたわ。ChatGPTと話してるうちに、経験をラベリングできるようになったのかも知れない。
当時は何も考えてなかったのか?いや、そんなはずは…………()
……でも確信した。
⇧この式、合ってる(笑)
意味がわかった時に、後付けで実感が伴う記憶になる。少なくとも私はそうだ。
恋すると世界が変わるってこういうことかぁあっぁああ
( つまり……。)
残念ながら、夫とは結婚したけど、恋愛成就はしてなかったらしい(笑)
…………薄々気づいてたけどね。”失恋”した瞬間を憶えてる。
確定しちゃったなぁ。でも情はあるよ。
