皮肉なこと

 最近、私が信じてきた処世術なるものにかなりの疑いを持つにいたりました。私は1999年に昔は入るのが大変だった5000円札の肖像の方の大学を出まして、皆様がよくご存じの外資系企業2社で26年働き、マネージャー職を9年ほど経験しました。さらに、働きながらMBAをとり、アメリカの統計の本の翻訳プロジェクトに入るなど現代のビジネスで必要といわれる統計の勉強をし、得意ではないのですが英語にもおそらく500万円くらい投資して今も週3回英会話のオンラインレッスンをしています。

 私の信じてきた処世術とは、良い大学をでて、有名な会社に入り、努力さえすれば報われるということです。自分でいうのもなんですがよく努力をしてきたと思います。たしかに、会社員だったころは、この努力でお給料も順調にUPしましたしお金を稼ぐ戦略としては正しかったのかもしれません。

 ただ、いったん49歳という歳で無職になってしまうと、年齢だけで判断され、今までの努力も何もかもゼロリセットになってしまう感覚です。さらに応募して1件通った会社からは、性格検査の結果、”柔軟性がない” などと評価をうけ自分の心が傷までつくんですよね。

 女性活躍という勝手な使命感から、マネージャーになって社会貢献したようにも思うのですが、我慢しずぎて燃え尽き会社辞めちゃうとマイナスからのスタートなんですね。世間しらずでした。やはり、この年になると適当に働いてその会社にしがみつくということが、お金を得るという観点では最高のソリューションかもしれませんね。マネージャーであったことも、世の中のポジション数が少ないので、この年での転職では不利に働くのではないかと思います。
 
 よく考えると、資本主義という枠組みである以上資本家が投資した資本を効率よく回収するために、従業員に給料以上の働きをしてもらうため、努力の推奨や、職場内での競争環境をあおったり、ひいては偉くなることで自己実現をする幻想を抱かせたり、こういうことは普通なんですよね。私はまじめで素直なところもあり、きちんと資本主義の仕組みに従ってました ww

 自分軸で生きるという言葉も若干胡散臭い感じもしているのですが、今まで他人軸・過度な承認欲求をベースに生きてきましたので、まずは自分軸で生きるということを試してみたいと思います。


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