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HSP専門キャリアコンサルタント みさきじゅり プロフィール

こんにちは。HSPの仕事や働き方の相談を専門にお受けしている、キャリアコンサルタント・みさきじゅりです。

このページでは、私の半生を綴っています。

「自分より人生を先に歩んできたHSPさんは、どう生きてきたんだろう?」と思った時、1つの事例として参考にしていただけたら嬉しいです。


私って何者?の疑問


私は1968年東京生まれ、東京育ちのアラ還です。

10歳~13歳は、カナダ・バンクーバーで過ごしました。

多感な時期にカナダで暮らした経験が、「世の中にはいろいろな人がいる」という価値観につながったと思います。

ものごころついたころは、明るいわりに気難しく虚弱な、めんどくさい子供でした。

幼稚園生の頃から、世の中の善と悪について考えていました。大きな喜びと悲しみを同時に味わう、変わった性格の持ち主、と自覚していました。

社会人になると、どうやら私は、世の中の大多数からは少し外れているのかもしれない、と思わざるを得ない場面が増えました。

例えば、会社や社会のために努力したい、といった正義感が強いのですが、理想が高すぎるせいか、途中で力尽きてあきらめることになる。

教わった作業を1つずつ深掘りしたいけど、「いいから手を動かすの!」と注意される。その後、何日も眠れないほど引きずるとか、注意してきた方への警戒心が強くなって心を閉ざしてしまう、などです。

さらに25歳ごろ、プライベートでのできごとをきっかけに、自分は精神疾患や人格障害なのでは?と悩むようになりました。

病院やカウンセラーを転々としても、あなたは病気じゃない、ちゃんと眠れてないから疲れが取れないんですよ、と導眠剤を渡されるだけ。

結局私のモヤモヤは晴れずじまい!

私は一体、何者なの?
このウツウツ感は、どうやったら取れるの?

答えを求めるうち、自己啓発や占いなどに答えを求めまくった時期も。


HSPとの出会いと拒絶


HSPは、30歳になった頃、西暦でいうと2000年頃から知っていました。

しかし、知っただけ。自分のことと紐付けた理解はしていませんでした。

正直、理解したくなかった気持ちも・・・。

HSPを理解したら、自分の弱さを受け入れることになりそうで怖かったのです。

自分にとって大事なことだろうなあとは思っていました。ですが、HSPを受け入れてしまうと、敏感さ・繊細さを隠し、頑張って築いた生活やキャリアが崩壊するのでは、という恐れがあったのです。

知った当初は、HSPの研究初期。勉強したくても、エビデンスや情報になかなかありつけられませんでした。

まあ、単に、言い訳を探して、自分と向き合うのを避けていただけかもしれませんね!


離婚をきっかけにHSPを受け入れる


あっという間に年齢を重ね、45歳になった私は、離婚を経験しました。

元夫は自閉症スペクトラム。

それがどういうことかわからなかった私は、元夫との関係において間違った努力ばかり重ね、疲れ果てた上での決断でした。

離婚後はメンタルのバランスを崩して、私こそが自閉症スペクトラムなんじゃないか?いや、ADHDかも?とものすごく悩みました。

心療内科の簡易検査を受けたけれど、該当するかわからないと言われ、「この検査でもはっきりしなんだ」と落胆したのを憶えています。

私ってなんなんだろうと再び不安に陥って思ったのは「発達障害じゃないのなら、これがHSPなのかも?」でした。

もう、自分から逃げられない。ようやく、HSPをちゃんと学んで、自分の在り方と紐づけてみよう、HSPだと認めてもいいのかな、と思えるようになった時期でした。


何を学び、学びをどう活かすか迷った


HSPを最初に知った頃から数えると10数年が過ぎていました。

HSP提唱者である、エレイン・アーロン博士の本を読み返し、HSPの特徴を理解しはじめた時、「似たような悩みを持つ人は必ずいる!その人たちに何かしたい」と思いました。

悩みを持つ人の役に立ちたい気持ちははっきり認識したものの、心理カウンセラーとしてそれを行うかはかなり迷いましたね。

HSPは病気や障害ではなく、気質です。気質であるということは、その人の性格や視点の形成に大きな影響があるということ。

HSPのサポートをするには、HSPの視点を客観的に解釈できる必要がある、とぼんやりとわかっていました。そのため何をどう学ぶのか、学んだことをどんな専門性として活かすか、ずいぶん考えました。

HSPというと心理学をイメージされる方がほとんどだと思います。実際のところ、HSPの研究は脳科学的観点からも行われています。

心や脳のしくみへの興味はありましたが、心理士を目指して大学や大学院で勉強しなおして、臨床経験を積む時間を今から割くか?を何年も迷いました。

アーロン博士のように研究したいなら、大学や院にいくだろう。でも、私は、HSPの人がHSPを受け入れて、自分らしい暮らし方、働き方を築き上げるとか、HSPらしさを発揮して社会の新しいしくみやサービスを生みだすのを見届けたい。これがやりたいことだとわかってきました。


キャリアコンサルタントになろう、と決めるまで


キャリアコンサルタントになろうと決めるにあたり、それまでの仕事経験が大きく影響しました。

スマホの世界第一号機のプロダクトマーケティング、モバイルインターネット技術の国際規格調整、エグゼクティブコーチング、新興国との提携ビジネスなど、”新しい商品、新しいライフスタイル、新しいインフラ”にずっと関わってきました。

仕事のスタイルは”同じ釜の飯を食った仲”といいあえる経験を重ねるのが昔から好き。仕事をする=同じ釜の飯を食う、ととらえているほどです(笑)

このプロジェクトには、どんな人材やスキルが合うかと考えをめぐらせ、チームやルールを作り、基本は個々のスキルを活かして作業。時に一丸となって、困難に立ち向かう。そうして新しい商品やサービスを世に送り出す醍醐味は、私の血となり肉となりました。

キャリアでは、わりと、自分の力を発揮しやすいスタイルで仕事をしてこれたと思います。唯一ネックだったのは、心身の調子の波。ここがまさに、HSPの影響を受けていた部分でした。

心身の波に相当苦しんだ経験から、HSPのサポート、というと、はじめは、仕事面での波への対処、をイメージしていました。

じきに、HSPのクリエイティブさ、洞察力、危機管理能力がもっと発揮できたら、どんな世の中が生まれるかな?と考えるのが楽しみになりました。

自分に何ができるか考えたら、人生におけるキャリアの位置づけ、ライフイベントでのストレス対処、対人スキルの向上、仕事術などをHSPの視点から支援したい、との思いがまとまりました。

そんなタイミングでご縁あって、母校での就活支援のお手伝いをさせていただきました。

1年半活動し、キャリア支援は自分に合っていると確信。この頃、キャリアコンサルタント有資格者の話を聞く機会もあり、私も資格を取得することにしました。


HSPに精通した専門家プログラムを修了して得たもの


次のチャレンジはHSPの勉強。キャリア支援を学んでも、HSPの支援には自信が持てたわけではなかったのです。

心理学を専攻していたらHSPに対応できたのかな、とふたたび、臨床心理士をめざすべきか迷いました(決めてもまた迷うのはHSPあるある、と流してくださいね!)。

アラフィフになっていたこともあり、体力や年齢を考えて、心理系の勉強はあきらめることにして、アーロン博士が、HSPに精通した専門家プログラムを受講することにしました。

このプログラムは、アーロン博士の書籍を読み、テストに答えるもの。簡単そうに聞こえますが、私にはけっこうなチャレンジでした!

なんとか試験にパスし、日本人初の修了者となりました。(当時は、アーロン博士のサイトに、HSPに精通した専門家として名前を記載していましたが、現在は掲載基準の変更もあり、載っていません)

ここまできて、ようやく、HSPの特徴が腑におち、クライアントさんにも説明できるようになったのです。

具体的なことばでHSPを説明できるようになりました。いちばん手ごたえを感じたのは、「HSPはなんとなく語られている概念じゃなくて、ちゃんと存在するもの」と胸を張って言えるようになったこと。

その次によかったのは、「私ってHSPなんだ」と思えたことでした(笑)


HSPの活動を始めて経験したこと


HSP専門キャリアコンサルタントとしてオープンに活動を始めたのは2017年です。その後、日本でもHSPという言葉が広く知られるようになりました。

ADHDやASDといった発達障害の特徴と似ているように見える部分も多いせいでしょうか、実際の相談の場面では、繊細さをきっかけに連絡をくださっても、蓋を開けたらHSPではないことが起因して悩んでおられる方のお話もたくさん伺いました。

私はHSPの専門家を目指していました。そこで、一時は、「HSPは発達障害とは別の概念だ」などとSNSで一生懸命説明をしていました。HSPとは別の、精神疾患や障害のことでご相談をいただいても、役に立てない自分を責めてしまった時期もありました。

やがて、心に負荷がかかり、HSPの活動から距離を置いたのです。心理的な悩みよりも、もともと得意なキャリア支援に集中したくて、2年ほど、20代向けのキャリアアドバイザー(転職エージェント)を経験しました。タフな業務でしたが、HSPに限らず、キャリアの悩みはいつの時代もついて回るんだなあ、と心に刻んだ時間でもあります。


感性に重きが置かれる時代を迎えて


いつの間にか、AIがものすごい勢いで社会を塗り替える時代に入っていました。私も、もうすぐ60歳。今後の身の振り方を考えるタイミングに差し掛かりました。

一時はHSPの活動をやめようと思ったものの、なんやかんやでHSP関連の繋がりが増えています。

例えば、HSPの男性を取り上げたドキュメンタリー映画、Sensitive Men Risingに出演したり、ネコとの触れ合いを通じて感受性を取り上げているドキュメンタリー映画、Miracle of Magic  日本ロケをコーディネートしたり。

海外の、同年代のHSPの方々と友達になったり。

HSPや繊細さをテーマにした本を出版させていただいていたり。

HSPと私は、切ってもきれない間柄になっていました(笑)。

思うのは、HSPってまだまだ知られていないんだなあ、ということです。

私のところにはいまだに、「HSPっていうことを半年前に知ったんです」と打ち明けてくださる方々が来られます。そういうお話を伺うにつれ、HSPの活動を続けていきたいなとまた思えるようになりました。

これからはますます、人間らしさとは何か、を考える場面が増える時代に入ったとも感じています。そんな時だからこそ、感受性が豊かなHSPの存在が、残る大多数の、HSP傾向が小さい方々のモデルケースになると私は感じています。

これまではHSPとか繊細というと「生きづらさ」の代名詞のように使われることが多かったように感じます。

今後の社会では、HSPが、感受性の豊かさを前面に出して活かしていくロールモデルになると思っています。

そんな大きなポテンシャルを持っている方々が、自分らしい人生とキャリアをクリエイトしていくのを、楽しくご一緒させていただきたいと思うようになりました。

生きづらさを感じることも、感性を思いきり開いて楽しめる醍醐味も、両方、たくさんたくさん経験していきたい。私自身がそういう人生を楽しむんだ!と思っているところです。


HSP専門キャリアコンサルタント

みさき じゅり(美崎 珠莉)



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