ワンピースを着たら心が緩くなった
この何年か、「楽しい夏」とは言い難い猛烈な暑さと湿度の夏を過ごしている。
それに比例して、人々の洋服も肌見せの多いものに変わってきているように思う。
私もノースリーブのニットとか、半袖Tシャツとか、そんなのは以前からよく着ている。エアコンの寒さ調整のための薄い上着も片手に。
だけれど腰から下は大体ジーンズかカラーパンツ。幼い頃から、制服以外でスカートを履くことはなかった。パンツスタイル以外の私服はピアノの発表会やコンクールで着るワンピースかドレス、あとは冠婚葬祭の時のみだった。
最近はそれさえもあまりなく、パンツスタイルでコンサートやライブに出ることが多かった。
理由は2つあるように思う。
1つは幼少期の刷り込み。
「あなたにはスカートは似合わない」
「色気付いている」
「風邪をひく」
同じように言われたことがある人はたくさんいるだろう。
だから制服を採寸に行ったとき、中学校に初登校したとき、本当に嫌だった。自分は似合わないものを着ている、という感覚で恥ずかしかった。
さすがに時が経つにつれてそれは薄れていったけど、自分が似合わないものを着る、ということに対しての恐怖心的なものは他にもあった。
体操服とかもそうだったな。
たぶんそれがない人や少ない人は、自分に似合うものを自分で選べるセンスが幼少期からあったか、養育者にセンスがあったか、好きなものを選ばせてもらえていたからかなと思う。あとは身なりに関して気にするようなことを経験せずにこられたか、というのも重要な気がする。
そしてスカート類を選ばなくなった理由の2つ目は習慣化だ。
「似合わない」と言われなくなっても、パンツスタイルが自分の中でいつしか定番になり、それが自分のスタイルだと思い始める。
だからなぜかはわからないけれど、アーティスト活動ではかっこいいスタイルを求めて衣装を選んだり写真を撮ったりしていたし、それが求められていると思い込んでいた。
そこへの憧れも多少あるから嘘ではないけれど。
でも27歳、ここへきてこれを覆されつつある。
以前までは真夏でもパンツスタイルだった私。
『スカート履きてぇーーーーーー!!!!』(乱心)
暑すぎる。暑すぎるのだ。
風が欲しい。
だが、長年スカートもワンピースも着てこなかった私は、自分に何が似合うのかわからない。
とりあえず今までコンサートで着てきたワンピースやらドレスやらを参考に買ってみる。
無地。黒。灰色。タイトめなワンピース。
友人と食事に行く。
「それ似合うね!」
嬉しいような恥ずかしいような。似合う、と言われ慣れて無さすぎる。
なんと返したらいいかわからない。「そう?」と言えただけ。
そんなことを繰り返していき、ある日私は友人とひょんなことからショッピングに行くことになった。
特にお目当てがあったわけではなかったが、新しいワンピースが欲しいなあとは思っていた。
お店を見てまわる。
私が手に取るのは"着ていそう"な、無地・黒・灰色・タイトめなワンピース。
一方、彼女が手に取るのは、私に"似合いそう"と思う、私が絶対選ばないワンピース。
ある店の前に置いてあった、今期新作という割とふわりとしたワンピースが目に入った。以前の私なら絶対に入らない系統のお店だ。私はそのワンピースを体に当ててみた。
「これとかちょっと若すぎだよね〜」
「え?全然だよ?めっちゃ似合うよ」
ほうほう。ふむふむ。そうなのか。…確かにいいかも?
一人だったら絶対手に取らないけれど、と思いながら鏡の前に立つと、なんだか良い気がしてくる。
今までの自分に遠くないけれど、少し緩んだ私。
そんな言葉が似合う服だった。
普段面倒臭いので試着なんてしないけど、勧められて試着してみる。
…おう、いい感じ。
秋には薄い長袖も合うらしい。
私は購入を決めた。
今日の暑さが異常でなければ、彼女と買い物に来ていなければ、私はこの服を手にすることはほぼ100%なかったと思う。
だけれどここ最近、私は私であることを少しずつ自分に許し始めている気がしていて、すっとこの服に手が伸びたようにも思う。
頑張って格好をつけたり、クールであろうとしたり、それを求められているというような幻想も取り払って、私は私で生きていっていいのではないかと。
生きていく中で、頑張ることが多すぎて、もう余計な部分は取り繕えなくなってきているというのもあるのかもしれない。
でもそれでいい。もうそれでいい。
それでまた、新しい自分に出会えたしね。
