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小さな神様たちと暮らしている

「猫は小さなお坊さんだから、大事にしてあげてください」

何かの書き込みで見たことがあるのだけど、たしかに猫様は弥勒菩薩のようだ。
いつもなんでも知っている顔をして、上からわたしを見つめている。

「自分の中には神様がいる。神様の作った子が人間なのだから、あなたも神様。神様と気づけば余計な力も抜けて幸せになれる」そう言っていた人もいた。
わたしは神様。愛と光があると唱えなさいと、言葉は続いた。

そんな問いが心の中に残っていたのだろうか。
春の気配が漂う朝。
春って、産みの苦しみみたいに、寒さと温かさの行ったり来たりの陣痛だ。
今日はあたり。とてもポカポカ。
そんな日に。
私の大事な白い犬君と、早咲きの桜の下を散歩した。
犬君は笑顔だ。犬は実にゆたかな笑顔になるのだ。
その時、ああ、わたしは、小さい神様と一緒に暮らしているんだなとしみじみ感じ入ったのだった。
君はわたしの神様。
わたしは、小さい神様と暮らしている。

わたしは、今、犬と猫とメダカと、草木と花と暮らしている。
静かな時間。
食卓には穏やかな光が降り注いでいる。
ベランダに干した布団や洗濯物。風が吹くとそよそよと揺れる。
カラスがカアと啼く。
空が広い町。
わたしは、やっとここで深い呼吸を取り戻している。

それでも。
夜になると涙が出てくる時がある。

理由はわからない。
数か月前に、怒り苦しみもがいた時の涙とは違う。
名前をあえてつけてみるなら。
「さみしいなあ」という言葉が漏れる。
残念ながら、あなたのことが恋しいのでは決してない。

ただ、温かい交流の何か。
ああ、今日おいしいスープができたときに、ああ、あったかいねえ、おいしいねえと言葉の交わせる何か。

現代技術の力で(笑)、自分と対話し、さまざまな解像度が上がった。
私は私を大事にすることができるようになった。
でもね。
人ってそれだけじゃないんだよね。
もう、ただ、今日は陽が出ていて温かいね。うん、温かいね。
それだけでいいことがたくさんあるんだ。

そんな時。
私の小さな神様と、小さな仏様は、夜中に涙を流す私を見つけると、いつも以上にまあるいかわいい目を丸くして、そっとわたしの腹の中に背中を付け、足下に乗り、頭の上で尻尾をぱたりぱたりとしたりして、気が付けば、ディズニー映画の白雪姫のように囲んでくれるのだった。

言葉も論理もいらない中で。
おなかすいた、にゃー。
さんぽいきたい、わん。

そんなあなたたちに囲まれて。
今日も私は、あたらしい朝を迎えられているのです。


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