ASKA武道館ライブ2025考察:「永遠の少年」の距離感と、日本人が裏拍を取れない理由
ASKA武道館ライブの体験から、彼の「永遠の少年」性が孕む「距離感のバグ」という危うさを指摘する。さらに、日本人が裏拍を苦手とする理由を言語脳の観点から解析。音楽ライブという熱狂を、世代間のコンプライアンスと脳科学の視点から解剖し、時代との「ズレ」を引き受ける覚悟を描いた考察記録。
「Travel TV presents ASKA CONCERT TOUR 2024≫2025 Who is ASKA!?」に参加した。
復活と熱狂──「永遠の少年」ASKAの現在地
ASKAと言えば、CHAGE and ASKA(略称:チャゲアス)というバンド名で活躍し数々のヒット曲を連発した歌手として知られている。今年67歳になる。
歌唱力にも定評があり、才能あふれるアーティストであることに疑いの余地は無い。
武道館は言わずと知れた音楽の聖地である。ASKA自身もMCで「ホームと言ってしまえばおこがましが、自分にとって特別な場所である」と語っていた。
席は1階席であったが、下のアリーナ席は見たところファンクラブのメンバーで固められているようだった。というよりも会場全体がファンで埋め尽くされていたと言っても過言ではないかもしれない。
今までに参加した他のアーティストのコンサートでは初参加者の割合が比較的多かったが、ASKAのコンサートでは曲が流れ始めた瞬間の「ウワー!」と一斉に湧き上がる歓声がもの凄く、コアなファンの割合が多いように感じた。
アリーナと1階席がS席で、2階席がA席に割り当てられていたようだ。
ちなみにチケットは学生に対してキャッシュバックをおこなっており、若い層の獲得にも意欲的だ。客層はやはり女性客の方が多めであるが意外と男性客もいた。年齢層は高めかと思ったが30代40代もけっこう見かけた。
武道館は今まで2階席しか経験がなかったが、1階席からはステージと同じ目線で鑑賞でき、とても見やすかった。
ステージ正面の1階席に招待席が設けられる例が多いようだが、あそこがステージに近すぎず遠すぎず、かつ客席までのアクセスを考えたら一等席なのだろう。
アリーナ席の経験はないが、ステージが高く設営された影響で見上げる角度となり、近さの割に鑑賞しやすいかは不明である。さらに、アリーナ席では半分くらいの時間は立ち上がっている必要がありそうで、ちょっと自分には無理かもしれない。
もっとも娘が足しげく通うバンドのライブではパイプ椅子すらない立ち見エリアがデフォルトであり、それに比べれば座れるだけマシかもしれないが、年寄りには辛そうだ(笑)
ASKAがMCで「今回のコンサートは中級編です」と言っていたので、ゴリゴリのファンでなくてもついて行けると期待したが、それでも初心者の自分には少しレベルが高かったようだ。
勉強不足もあったが、曲名がわかるのが数曲しかなく、自分にとっては上級編のように感じられてしまったのだ。
そのため今回はセットリストの紹介は残念ながらできない。
しかし、だからと言ってコンサートを楽しめなかったわけではけっしてない。むしろ会場の雰囲気に身を委ねて過ごした時間は楽しかった。
バラード調の静かな曲では音に耳を傾け、ロック調のノリのいい曲ではアリーナ席の人たちに合わせて手拍子したり拳を突き上げたりすればいいのだ。
特に、名曲「YAH YAH YAH」では、会場全体で拳を突き上げて歌ったのが嬉しかった。
「ヤーヤ ヤーヤ ヤヤーヤー!」
最高潮に盛り上がった熱気の中で、武道館が揺れていた。
今回のコンサートでは副題で「Who is ASKA!?」と謳っている。
「ASKAって誰?どんな人?」に対する回答は、副題を付けた本来の意図とは少し離れるかもしれないが、自分の答えとしては「永遠の少年」になる。
歌を歌っているときは紛れもないアーティストであるが、MCの時はまるで少年のようだ。「〇〇したんだよ」「△△なんだ」とか独り言のように語る。
それはオトナがオトナに話す言葉ではない。
もしかしたら演出なのかもしれないが、音楽を語る時には自然と少年の心に戻ってしまうのだろうか。
ファンサービスのために、ステージの左端や右端の袖を縦横無尽に走り回って手を振る姿は、歳を感じさせない「永遠の少年」そのものであった。
多くの曲を作ってきたASKAだが、MCで曲作りの苦悩についても語っていた。
「曲は意外と何とかなるもんだ。問題は詩だよ。机の前に座ってとかノートパソコンを開いても何も出て来ないことがある。言葉が必要なんだ。小説とかドラマとかいろんなものに刺激を受けて書いたりしてる」
才能あるASKAでも苦悩があるようだ。
メロディより詩の方が難しいのは、やはり詩は独自の世界観を創らないと成り立たないからなんだと思う。曲一つに一つの世界観を創造して付与する必要があるから、曲作りは難しく時に苦しい作業なんだろうなと素人ながらに思った。
昭和の残像──ステージ上の「距離感のバグ」という危うさ
ASKAのステージは素晴らしく大満足であったが、一点だけ気になったことを書き添えておきたい。
3時間近くに及ぶコンサートの途中でトイレ休憩があったが、その間ASKAはステージから降りることなく、ステージに座り込んで喋りつづけていたようだ。
これは槇原敬之のコンサートと同じ方式であった。正直「休憩取ってくださいよ」と思うが、よっぽどステージが好きなんだろう。
トイレから戻ってきたら、休憩の間にちょうどバンドのメンバー紹介をおこなっている最中だった。
ちょっと驚いたのがメンバーとの距離の近さだ。
メンバー一人一人と肩を組むというよりも首に手を回して密着しているのだ。これ少年時代に写真撮る時に友達とよくやってたヤツだ。
「距離、ちか!」って思った。
親密さをアピールしたかったのかもしれないが、正直あそこまで近いと嫌だと感じる人もいるかもしれない。しかも女性ボーカリストに対しても同様に、肩をぎゅっと抱き寄せてけっこう長い時間密着していたのだ。
「うーん」って唸ってしまった。「ASKA大丈夫かな?…」
圧倒的に優位な立場で、しかもステージ上で絶対に拒否できない状況でアレをやるのはちょっとどうかと思った。相手が納得済みならばそれ以上言うことはないのだが…
30年前なら男性に対してはOKだったかもしれないが、30年前でも女性に対してはNGだった行為だ。ましてや今の時代では、相手がもし嫌だったら両方ともNGになる。
ASKAは「永遠の少年」の心でアレをやったのかもしれないが、距離感のバグり方にちょっと心配になってしまった。
時代に合わせたアップデートをしないと、若いファンが離れてしまうかもしれない。
日本人はなぜ「裏拍」が取れないのか?──言語と脳の構造解析
音楽の手拍子には表拍と裏拍の2種類が存在するそうだ。
表拍:
表拍は、ドラムを叩くタイミングなどで拍手をし、リズムを取る方法だ。
祭りで太鼓を叩く動作などと共通しており、日本人には昔から馴染のあるリズムの取り方だ。
図でいうと、★印のタイミングで拍手を打つ。
ドン ・ ドン ・ ドン ・
指揮棒で言うと、下に下がったタイミングでパンと打つのだ。
裏拍:
それに対して、裏拍は、ドラムを叩く音と音の間のタイミングで拍手をし、リズムを取る方法だ。表拍がお休みしているタイミングで拍手をするため、裏拍と呼ばれている。
これは日本人にはあまり馴染がないリズムの取り方だ。
図でいうと、★印のタイミングで拍手を打つ。
ドン ・ ドン ・ ドン ・
指揮棒で言うと、上に上がったタイミングでパンと打つのだ。
実際にやってみると裏拍の方が格段に難しいことがわかる。しかし、裏拍をマスターすることでリズム感が向上するのも確かだ。
裏拍を刻む時には、実は裏拍に加えて表拍でもタイミングを取る必要がある。もちろん表拍のタイミングでは拍手はしないのだが、体でリズムを刻む必要があるのだ。よくミュージッシャンが前奏などで顔を前後させてタイミングを取っているアレだ。
結果として体で倍の頻度でリズムを刻むことになるため、音楽の解像度が増し、リズム感も増すのだと理解している。
欧米人は裏拍が得意でリズム感があるのに対して、日本人は裏拍が苦手でリズム感に乏しいようである。
その理由の一つとして、我々が話す日本語が影響している可能性がある。
すなわち日本語を母語とする人はその言語的特徴により、他の言語、例えば英語を母語とする人と比べて、脳のニューロンネットワークの構造に違いが見られるようなのだ。
何かの本に書かれていたことだが、欧米人は虫の音色を聴いて雑音すなわち音楽と認識するのに対して、日本人(正確には日本語を母語とする人)は同じ虫の音色を聴いて言語として認識するそうだ。
人間の脳の特徴として、左脳が言語、右脳が音楽などの感情を司るとされているが、欧米人は虫の音色を右脳で処理しているのに対して、日本人(正確には日本語を母語とする人)は同じ虫の音色を左脳で処理しているようなのだ。
もちろん複雑な音楽を脳の一部分のみで認識していることはあり得ず、脳の様々な領域が関与しているのは間違いない。しかし、虫の音色をメインに処理している領域が異なるということは、脳の中のネットワーク構成が欧米人と日本人(正確には日本語を母語とする人)では異なるということであり、これは大変に興味深い話だ。
もちろんこれは欧米人と日本人とで、先天的に脳の構造に違いがあることを意味している訳ではない。
日系人で英語を母語とする人では虫の音色を音楽と認識することから、これは先天的な脳の構造(ハード)の違いではなく、後天的に獲得した性質(ソフト=ニューロンネットワーク)の違いであると解釈されている。
上記は虫の音色に関する研究結果であるが、日本語を母語とする我々日本人は音を言語的に捉えがちな民族であり、そのことが我々の音楽に関するリズム感を悪くしている可能性が考えられるのだ。
では実際のコンサートでの拍手は、表拍と裏拍のどちらが採用されているのだろうか?
自分が今までに参加したコンサートは全て表拍が採用されており、裏拍が行われていたコンサートは一つもない。
今回のASKAコンサートではロック調の曲も多かったが、やはり表拍であった。
楽曲が流れた時にステージ上の奏者やコーラスの人が、拍手を求める動作をすることがあるが、全て表拍となっている。
音楽を生業にしている人間が裏拍を知らないことはないだろうから、おそらくは観客が無理なく付いて来れるように表拍が採用されているのだと思われる。
結論:ズレを引き受ける覚悟
スポットライトに照らされる彼は、間違いなく昭和から続く「永遠の少年」だった。
時代から取り残されたようなその距離感の異常を、私は裏拍のリズムで静かに受け止める。
ズレているからこそ響く音楽が、確かにあるのだと知った夜だった。
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【免責事項】
※本記事における「日本人の脳構造と言語・リズム」に関する記述は、筆者の個人的な仮説に基づく一つの思考実験であり、科学的・医学的な定説を断言・保証するものではありません。

